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日本感染症学会緊急提言
「一般医療機関における
新型インフルエンザへの対応について」(第2版)

日本感染症学会緊急提言
「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」(第2版)

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内容
(1)再び提言を行うに当たって
(2)新型インフルエンザS-OIVは「弱毒」ではありません
(3)日本で新型インフルエンザの死亡例が少ないのには理由があります
(4)サーベイランスは確実に行う必要があります
(5)蔓延拡大期の診断のあり方を考えておくべきです
(6)タミフルやリレンザ等の抗インフルエンザ薬で早期から積極的に治療すべきです
(7)細菌性肺炎例や呼吸不全例への対処が重要です
(8)医療従事者の感染予防は臨機応変に行うべきです
(9)タミフルやリレンザに続く新規治療薬の開発促進と早期承認が望まれます
(10)全ての医療機関が新型インフルエンザ対策を行うべきです
(11)10歳代の患者に対する治療が不十分にならないようにすることが重要です(2009.11.5追加)
(12)抗インフルエンザ薬の予防投与について(2009.12.25追加)

(1)再び提言を行うに当たって

 2009年春にメキシコ共和国から始まった新型インフルエンザswine-origin influenza A(H1N1v)(以下、S-OIVと略す)に関して日本感染症学会・新型インフルエンザ対策ワーキンググループは、本年5月21日、本学会のホームページ上に「緊急提言」1)を発表いたしました。この緊急提言では、S-OIVが必ずしも軽症ではないこと、若年層に発症数が多いのには理由があること、過去の新型インフルエンザの実態から学ぶべきこと、流行初期から一般医療機関への受診者が激増すること、流行が2〜3波起こること、流行が大規模となった場合の重症例には細菌性肺炎や呼吸不全例が多く予想されること、しかし今回のS-OIVはいずれ数年後には季節性インフルエンザとして定着して殆ど全ての国民が感染する確率の高いこと、などを述べ、これを受けて、流行の規模はごく初期から急速に拡大するので特定少数の発熱外来体制は現実的ではなく、全ての医療機関が新型インフルエンザ対策を行うべきこと、抗インフルエンザ薬だけでなく、抗菌薬やレスピレーター、病室を十分に確保すること、医療従事者の手洗いやうがい、抗インフルエンザ薬の使用による予防が効果的であること、なども提言いたしました。その後、この提言へは多数のご意見を賜り、国会の新型インフルエンザ対策集中審議でも引用されるなど、わが国における新型インフルエンザ対策の方向性に一定の役割を果たして参りました。また、被害が高年齢層に少なく若年層に多いことに対する解釈は、その後に報告された複数の研究2,3)によってほぼ裏付けられました。
 その後、わが国のS-OIVは関西地区を中心とする局地的な流行からくすぶり流行の形となって約2ヶ月で全国に拡大し、秋口を迎えて流行の第1波が始まるに至りました。南北アメリカなどでは春以降の流行がそのまま第1波となりましたが、わが国ではこれからの流行が本格的な第1波です。実際、本年8月以降、各種の基礎疾患を有する死亡例が見られ始め、若年層にも被害が出始めています。本委員会は、本学会としての診療ガイドラインを策定すると共に、秋以降の本格的な流行に効果的に対処する基本的な考え方を再度提言したいと思います。最も強調したいのは「可能な限り抗インフルエンザ薬を早期から投与すべきである」ことですが、前回の「緊急提言」と併せて全医療機関におけるS-OIV対策に活用されることを願います。ただし、前回をも含めてこの提言はいわば「総論」であり、具体的対策に関しては「日本感染症学会・新型インフルエンザ診療ガイドライン」4)として別途発表されていますので、併せてご活用いただきたいと思います。

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(2)新型インフルエンザS-OIVは「弱毒」ではありません

 2009年5〜6月の関西地区の流行後、夏にかけて一時的に発生数が一段落したこともあってわが国ではS-OIVを楽観視するような論調も見られました。すなわち、S-OIVは「弱毒」性であって通常の季節性インフルエンザと変わらないので厳重な対応策は緩めてもよい、という意見です。しかし、S-OIV H1N1が「弱毒株」というのはウイルス学的にも誤りです。「弱毒」や「強毒」というのは鳥インフルエンザに関してのウイルス学の用語です。鳥のインフルエンザの赤血球凝集素(hemagglutinin:HA)には、抗原亜型がH1からH16まであり、そのうち、H5とH7亜型の一部のウイルスで、遺伝子内部に特徴的な配列を持つものが「強毒株」であって、それらに感染したニワトリはほとんどが死亡します。一方、その他は「弱毒株」です。しかし、ヒトのインフルエンザウイルスにはH1からH3までの3亜型が知られているだけで、ウイルス学的に「強毒株」とか「弱毒株」という区別はありません。わが国のマスメディアでは、臨床的にvirulenceが弱い、臨床的に軽いという意味で「弱毒」と言う言葉を使っているようですが、その使い方自体が誤りであるだけでなく、S-OIVの重症度は以下に示すように少なくともmoderate(中等度)であり、季節性と同じようなmild(軽度)なものではありません。近い過去に人類が経験した(当時の)新型インフルエンザであるいわゆるアジアかぜや香港かぜの出現当時と同じようなレベルの重症度であると考えなければなりません。
 本年8月以降、わが国でも各種の基礎疾患を有する感染例に死亡が見られ始め、若年層にも被害が出始めていますが、従来の季節性インフルエンザは高齢者を中心にして0.1%前後の致死率であるのに対し、今回のS-OIVは本来健康な若年者が中心でありながらWHOの発表5)では未だに1%近い致死率を示しています。メキシコや米国、最近では南米などの被害が大きく、1%をはるかに超える致死率が報告されている国もあります。このことからも、S-OIVは決して軽症とは言えません。しかも、前回の緊急提言でも述べたように本年の秋以降には大規模な発生が起こり、1〜2年で全国民の50%以上が感染することも予想されているのです。「弱毒」と侮ることなく、万全の対処を準備しなければなりません。

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(3)日本で新型インフルエンザの死亡例が少ないのには理由があります

 今回のS-OIVによる死亡率には各国間で大きな差が見られます。わが国では患者数が増加しても致死率は極めて低いレベルにあります。ところが他の国々からは大きな数字が報告されており5)、欧州疾病対策センター6)も今回の実際の致死率を0.1〜0.2%、WHOは0.1〜0.5%と見込んでいます。これらの数字はわが国のものから見れば極めて大きな数字です。なぜこのように大きな差があるのでしょうか?後の項でも述べますが、被害の大きな国々では患者の多くが発症後1週間前後に初めて医療機関を受診しており、その前には治療を全く受けていないこと、重症例や死亡例の多くが発症後4〜5日目に呼吸不全を呈していること、ウイルス性肺炎の重症化だけでなく細菌性肺炎の重症化も見られること、など診断と治療開始の遅れが見られます。一方、わが国の神戸や大阪からの報告では発症者の殆どが2〜3日以内に医療機関を受診しており、ほぼ全例で直ちに抗インフルエンザ薬による効果的な治療が行われています7,8)。南米においても致死率の低いチリ5)ではわが国に近い対応が取られ、致死率が高いアルゼンチンやブラジル5)ではそのような対応が殆ど取られていなかったとも言われています。他の感染症と同様に今回のS-OIVでも早期受診、早期診断、早期治療開始が重要であり、「軽症」であると見做して受診が遅れるようなことのないようにしなければなりませんし、受診制限などは行うべきではありません。全ての医療機関が新型インフルエンザに効果的に対応することが必要です。

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(4)サーベイランスは確実に行う必要があります

 わが国ではS-OIV発生の全数把握を目指して当初からRT-PCRによる確実な診断を含む綿密な監視体制を取って参りました。神戸や大阪での流行の初期には関係者の献身的な努力によって正確な情報が得られていました。しかし、流行発生の数日後には患者数が極めて多数となって対応が困難となりました。これを受けて流行拡大期には定点医療機関によって全体の発生数を把握する体制へと切り替えられました。ところが、定点における監視体制や運用体制の設定については実際には各定点が所属する各自治体に委ねられており、しかも各自治体間で実際の運用に大きな差異が見られ、正確な発生数が確認されているとは言いがたい状況です。拡大する患者発生数に検査体制が追いつかないためですが、このサーベイランス体制を確実なものとすることが必要です。

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(5)蔓延拡大期の診断のあり方を考えておくべきです

 わが国では10年ほど前から気道検体等に含まれるインフルエンザウイルスの特異抗原を臨床の場で迅速に診断するキットが普及しています。抗インフルエンザ薬の使用と同様に日本における経験が世界で一番豊富です。しかし、感度と特異度はまだ万全とは言えず、発症初期や後期では偽陰性になりがちであることを銘記しておく必要があります。特に、今回のS-OIVでは感度が良好とは言えず、各地からの報告では50〜60%の陽性率にとどまるようであり、CDCも検体中のウイルス量が少ないときは40〜70%の陽性率にとどまると報告しています9)。また、これまでの季節性インフルエンザにおいても発生数が莫大になった時には迅速診断キットの入手が困難になっていましたが、本年秋以降に蔓延が高度に拡大した際には同様のことが大規模に起こることが予想されます。S-OIVと思われる患者が受診しても診断キットがない、キットがあってもなかなか陽性所見が得られない、といった事態が起こり得ますが、現在の迅速診断キットにしてもA型とB型の鑑別以上のことは行えません。キットがあってもなくても臨床現場では新型をその場で確定診断することは現在、不可能なのです。RT-PCRなどの詳細な検査はサーベイランスを正確に行うために投入すべきであって、多数受診する新型インフルエンザ疑いの患者を一般臨床で診断するための検査ではありません。臨床の場では、サーベイランスによって得られた全国の情報と地域の情報をすばやく効果的に把握しながら臨床診断を行うことが求められます。その上で、次項に述べるように新型インフルエンザと推定される患者では従来の季節性インフルエンザに対する以上の綿密な治療を行う必要があります。

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(6)タミフルやリレンザ等の抗インフルエンザ薬で早期から積極的に治療すべきです

 2009年8月21日にWHOから新型インフルエンザの治療ガイドライン10)が発表されました。そこには、軽症の若年者や健常成人ではオセルタミビル(製品名:タミフル)やザナミビル(同:リレンザ)等の抗インフルエンザ薬の投与は必ずしも必要ではない、と記載されています。先述の「弱毒」見解と相俟ってわが国でも「抗インフルエンザ薬の投与は必ずしも必要ではない」とする意見が散見されます。しかし、これは危険です。死亡者が多く出たメキシコやニューヨークの事例を直視する必要があるのです。
 メキシコ市のPerez-Padillaによれば、今回のS-OIVの流行で健常成人の重症ウイルス性肺炎の死亡例が多くみられました11)。すなわち、PCR検査でS-OIV感染が確認された入院患者18例(年齢は9ヶ月〜61歳、平均38歳)中10例に基礎疾患がなく、この18例は発病後4〜25日(平均6日)で入院しましたが、入院前の抗インフルエンザ薬投与例は1例もなかったとされています。18例全例がウイルス性肺炎を呈して発熱、咳、呼吸困難、LDH上昇がみられ、内12例が急性呼吸不全(ARDS)に進展してレスピレーター管理を受けましたが7例は死亡しました。彼らは平均して発病8日目にオセルタミビルを投与開始されていますが、当然のことながら遅すぎます。一方、彼らに対応した医療スタッフ22名がインフルエンザ様症状を呈しましたが、オセルタミビルが早期から投与され、重症化例は1例もみられませんでした。こうしたことから、今回のS-OIV感染では健常成人であっても重症のウイルス性肺炎を合併する可能性があるものの、抗インフルエンザ薬による早期からの治療が重要であることが示唆されます。
 また米国では、カリフォルニアにおける死亡被害は大きくはありませんでした12)が、ニューヨーク市の被害は大きかったことが報告されています13)。同市における流行は2009年5月中旬から始まり、6月末までの約6週間でほぼ終息に向かったといわれます。7月8日までに909名が入院し、年齢分布は4歳未満が208例(22.8%)、5〜24歳が278例(30.6%)、25〜65歳は379例(41.7%)、66歳以上は44例(4.8%)でした。通常の季節性インフルエンザに比し高齢者とその重症化例は少ないものでした。909例中225例(24.8%)がICUに入室し、内124例(13.6%)がレスピレーター管理となったものの45例(5.0%)が死亡しています。患者の75%に基礎疾患が認められ、喘息と慢性呼吸器疾患が合せて41%と多く、以下、心疾患、糖尿病等がみられた一方で、大きな危険因子のない例も20%以上みられました。メキシコ市の場合と同様、基礎疾患のない若年者に死亡例のみられることが極めて重要です。死亡した45例の年齢は2ヶ月から83歳に分布していました(中央値は44歳)。そして、この死亡例の多くは、メキシコ市の場合と同様に早期の抗インフルエンザ薬の投与を受けていなかったとされていますし、その中に妊婦も含まれています。
 以上をまとめますと、今回のS-OIVによる海外の重症化例や死亡例の多くに基礎疾患のない若年者が多く含まれていますが、妊婦の例を含めて受診の遅れがあることに加え、肺炎合併の時点まではいずれも抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず、これが重症化の最大要因と考えられます。一方、わが国の被害が少ないのは、神戸からの報告7,8)にも見られるように患者の早期受診と早期治療開始によるものと考えられ、今後の蔓延期においても可能な限り全例に対する発病早期からの抗インフルエンザ薬による治療開始が最も重要であると言えます。なお、米国で最大の医療保険であるMedicare & Medicaidは米国民の過半数をカバーしていますが、その保険収載医薬品の中にタミフルやリレンザは記載されていません。これらの抗インフルエンザ薬を投与するには大きな障壁があるわけですが、わが国の医療保険ではこれらの抗インフルエンザ薬の使用が可能です。また、抗インフルエンザ薬の内のタミフルに関しては、10歳代の患者の異常行動等に対する厚生労働省からの使用注意制限がまだ解除されていません。ただし、厚生労働省自身の見解として、副作用を説明し保護者が投与後最低2日間監視できるなら新型インフルエンザに対してタミフルを投与することは可能である、としています。わが国の最初の流行を経験した神戸においても10歳代の患者への投与が行われています7,8)。したがいまして本委員会は、妊婦、乳幼児及び10歳代の小児を含むS-OIV感染症患者へ早期から抗インフルエンザ薬を投与することを勧奨いたします。
 本年8月にWHOから発表されたS-OIVの治療ガイドライン10)で最も重要な点は、オセルタミビルの投与により、肺炎のリスクが有意に減少し、入院の必要性が減ると明確に述べられている事です。S-OIVの大流行におけるノイラミニダーゼ阻害薬の役割は、季節性インフルエンザで周知のように発熱期間の短縮ではなく、重症化、入院、死亡を防止することにあり、治療の重要性は大きいのです。
 一方、軽症の健康小児、成人では、必ずしも抗ウイルス薬による治療は必要ないとされています。主要な理由はコストです。わが国のタミフルの備蓄率は世界では第4位であり、既に5000万人分以上が確保されています。人口の40%以上です。世界の多くの国では、健康小児、成人までも治療するだけのノイラミニダーゼ阻害薬の備蓄がないので、この勧告は、ある意味で現状を追認したものです。例えば、タイのノイラミニダーゼ阻害薬の備蓄は、国民の1%を治療する量しかなく(2009年7月時点)、健康小児、成人を治療することは全く不可能です。一方、わが国における第1波では人口の20%が感染・発症すると見込まれているので、投与可能な量は既に十分確保されているのです。基礎疾患のない若年健常成人でも重症化して死亡する例が報告されている今回のS-OIVでは、S-OIV感染が少しでも疑われたら可能な限り早期から抗インフルエンザ薬を投与すべきです。そのことによって、予想されている病室の不足、レスピレーターの不足、抗菌薬の不足が少しでも解消されるはずです。なお、余裕があればその分を発展途上国に援助することも考えるべきです。
 また、抗インフルエンザ薬の備蓄と共に配布・供給・放出が速やかに行われるよう関係各機関の協力が取られることを要望します。地域によっては流行が短期間に立ち上がることが予想されますので、行政から流通機関、さらには医療機関への経由が円滑に行われるよう前もって調整が行われるよう要望致します。前回の緊急提言で紹介した「仙台方式」は開業医師を中心とする一般医家が新型インフルエンザの1次対応を全面的に行うとするものですが、この方式への参加を表明している300名以上の開業医師(仙台市医師会員の内科医・小児科医の8割以上)へは、既に本年5月下旬までに仙台市から従業員の予防用の抗インフルエンザ薬とマスクがそれぞれ30日分支給されています。大規模な流行が始まってから配布するのでは間に合わないからです。治療に用いる抗インフルエンザ薬についても全く同様であり、効果的で迅速な配布・供給・放出が行われることが期待されます。

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(7)細菌性肺炎例や呼吸不全例への対処が重要です

 今回のS-OIVで被害の多いメキシコやニューヨーク市では今のところ、重症のウイルス性肺炎による死亡例が多いようです。前回の提言で文献を引用しながら「新型インフルエンザが蔓延すると細菌性肺炎が多発する」としたこととは異なる現象です。これについては、スペインかぜ当時の医療事情や今日の地域的な医療事情の格差が原因していると考えられます。これらの地域では、抗インフルエンザ薬の投与は殆ど行われていないものの、保険医療で一般的に使用可能な抗菌薬の投与がなされていたようです。これは2003年のSARSに対する各国の対応でも見られたことでした。そのため、細菌性肺炎への進展は阻止されるものの、重症ウイルス性肺炎の状態で死亡に至る例が相対的に多いものと思われます。しかしこうした現象がみられる以上、抗インフルエンザ薬の早期からの投与はやはり重要です。一方、抗菌薬と共に抗インフルエンザ薬の投与される確率が極めて高いわが国では、若年者ではウイルス性肺炎の重症化も細菌性肺炎の重症化もいずれも発現が少ないと思われます。ところが、高齢者ではいったん感染してしまった場合には基礎疾患や合併症が重篤な例を中心にウイルス性や細菌性のいずれであっても肺炎の重症化が起こり易く、さらに呼吸不全へ進行してレスピレーターを必要とする例が多くなると予想されます。やはり、抗菌薬もレスピレーターも十分に備蓄して対応すべきです。不足することが確実に予測されるレスピレーターの拡充について前回も提言いたしましたが、今回も再びその拡充を提言するものです。なお、H3N2香港型ながら抗原変異の大きかったウイルスが出現して被害の拡大した1998-99シーズンには、レスピレーターの不足と共に抗菌薬の不足という事態が起りましたので、十分量の確保を期待する必要があります。
 前回は、肺炎球菌ワクチンの活用についても提言いたしました。インフルエンザの非流行期でも細菌性肺炎の原因菌としては肺炎球菌が最多を占めますが、流行期にはさらに関与する確率が高くなります。しかも、他の細菌より重症となる確率が高いので最も警戒すべき原因菌であり、その重症化を抑えるのに有効な肺炎球菌ワクチン14)の接種が行われるべきです。インフルエンザワクチンと併せて接種することにより更なる効果も期待できます15)。現在、23種類の莢膜血清型に対応できる23価肺炎球菌ワクチンが世界38カ国に導入されていますが、残念ながらわが国の普及率はきわめて低いのが現状です。その原因の一つにわが国のみがこのワクチンの再接種を承認していないことがあると考えられています。しかし、本ワクチンは初回接種も2回目以降の再接種もいずれも安全に行えることが既によく知られており、諸外国は適応を定めて再接種を推奨しています。また、インフルエンザワクチンとの同時接種も広く行われていて16)、これも安全であることが知られています17)。本学会を中心として肺炎球菌ワクチンの再接種認可要望が、再接種時の対応を解説するガイドラインの策定と併せて当局に提出される見込みですが、インフルエンザワクチンとの同時接種をも含めて早期の再接種承認が望まれるところです。

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(8)医療従事者の感染予防は臨機応変に行うべきです

 前回の提言では、医療従事者の感染予防策として手洗いとサージカルマスクの使用、必要に応じてN95マスクやゴーグルの使用について推奨いたしましたが、抗インフルエンザ薬の予防投与については項目を挙げるにとどまりました。しかし、先に引用した文献11)にみられるように、医療従事者の予防投与は極めて重要であり効果的です。患者が多数来院するようになっても、完全な感染防御が図られない状況で患者との濃厚な接触があった場合には、予防投与を考慮すべきです。地域における流行の継続期間はニューヨーク市の事例でも見られたように最大6週間程度であり、個々の医療施設に限ってみればそれより短期間にとどまる例が多いようです。しかしこれまでの経験は、インフルエンザ流行期外のものですので、今後についてはさらに情報が必要です。抗インフルエンザ薬としてノイラミニダーゼ阻害薬を使用する場合、その作用機序が宿主細胞の中で複製されて完成したインフルエンザウイルスがその細胞から遊離するのを阻害するものなので、宿主に免疫が構築され易いと言われています。ですから、多数の患者と接触する医療従事者は流行の後半に免疫を獲得している可能性もありますが、流行初期の対処がやはり重要です。また、勤務している医療施設でまだインフルエンザ患者がほとんど受診していない時期に、職員の家族が先に罹患していることも予想されます。そのような職員も抗インフルエンザ薬の予防投与を考慮すべきです。先にも述べたようにわが国のタミフルやリレンザの備蓄量は十分であり、過去の新型インフルエンザの場合と同様に国民の25〜30%が本年秋から来年春にかけて罹患したとしてもこれを十分に補えるだけの量が確保されています。
 予防用のワクチンについても同様です。季節性インフルエンザ用のワクチンはもちろんのこと、供給開始は遅れそうですがS-OIV感染症に対するワクチンが使用可能となったらすぐ接種(2回)することが必要です。
 なお前回、医療従事者におけるマスクの着用に加えて一般市民におけるマスクの効用についても言及いたしました。これに関しては賛否両論多くの意見を学会へお寄せいただきました。「CDCなどはマスクの効用を認めていない」として否とする意見が多く見られましたが、これまでマスクの効用については一切触れてこなかったWHOが今回の流行に際して、限定的な範囲にはとどまるもののマスクの有効性云々について初めて言及した18)ことに大きな意義があると考えています。しかし、エビデンスは極めて少ないのが現状です。今回のことを契機としてマスクの有効性について詳細な検討の行われることを望むものです。同じようなことは「咳エチケット」についても言えます。CDCが提唱しているものの、その有用性に関する成績はほとんどありません。検討すべきです。

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(9)タミフルやリレンザに続く新規治療薬の開発促進と早期承認が望まれます

 抗インフルエンザ薬の早期投与が極めて重要であることを先述いたしました。しかし、現在投与可能な抗インフルエンザ薬はアマンタジン(製品名:シンメトレル)とザナミビル(同:リレンザ)、及びオセルタミビル(同:タミフル)の3剤しかありません。しかも、季節性インフルエンザにおいてアマンタジンでは耐性ウイルスが高率に出現しており、臨床使用は困難となっています。オセルタミビルでもいわゆるソ連かぜのH1N1ウイルスで耐性ウイルスが高率に出現していますが、耐性のレベルは試験管内耐性の程度であり、臨床では未だ有効に使用できると考えられています。
 この3剤に続く新たな抗インフルエンザ薬が必要ですが、現在、わが国を中心に近隣のアジア地区を含めて3つの薬剤の臨床開発が進行中です。世界の他の国々では新規薬剤の開発は行われていません。本年8月現在、ペラミビルとCS-8958はいずれもオセルタミビル対照の臨床第III相比較試験を終了しており、年内にも承認申請を行う予定です。この2剤はリレンザやタミフルと同じノイラミニダーゼ阻害作用を有しています。T-705は2009年秋からやはりオセルタミビル対照の臨床第III相比較試験を開始し、1年遅れて承認申請を行うことを予定していますが、感染細胞内におけるインフルエンザウイルスの複製を阻害するRNAポリメラーゼ阻害薬です。いずれの薬剤も有望な新薬ですので、可能な限り承認が早期に得られることを望みます。
 開発中のこれら3剤はいずれも新型インフルエンザS-OIVに対して既存薬と同等かそれ以上の抗ウイルス活性を有すると考えられています。すなわち、今回の流行でメキシコやカリフォルニア州の患者から分離されたS-OIV H1N1株に対するペラミビルの抗ウイルス活性は、IC50で比較した場合オセルタミビルやザナミビルの数倍強いと見られています19)。また、T-705とCS-8958については、同様に今回の流行でカリフォルニア州やわが国の患者から分離されたS-OIV H1N1株を用いたマウス感染モデルの治療実験において、オセルタミビルやザナミビルより強い抗ウイルス活性があることが報告されています3)。S-OIV感染症に対する臨床試験はこれから行われますが、いずれの薬剤においても効果が期待されますので、早期の承認が得られることを望みます。

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(10)全ての医療機関が新型インフルエンザ対策を行うべきです

 前回、全ての医療機関が新型インフルエンザ患者を診療できる体制を構築しておくことを提言いたしました。多くの病院で対応が取られていますが、一部の医療機関、特に大学病院等の高次医療機関の一部に「われわれの施設は高度先進医療を担っているので、その診療の妨げになる新型インフルエンザの患者は診療しない」として対応の遅れている病院が見られます。しかし、新型インフルエンザの流行蔓延が大きくなる時期にはすべての医療機関に患者が受診することが予想されます。高度先進医療施設であろうがなかろうが普段から診ている自院の通院患者からも新型インフルエンザの患者は多数出てくると予想され、診療を忌避することは出来ません。全医療機関の連携のもと、たとえば大学など基幹病院は重症の新型インフルエンザを、診療所などでは軽症の新型インフルエンザを積極的に診療する体制を構築しておかなければ、助かるべき多数の患者が助からない、といった事態が起こり兼ねません。そのためにも本提言と別途策定した診療ガイドラインをすべての医療機関においてご検討いただき、効果的な対策の行われることを望みます。また、行政を含めて関係各位の協力を仰ぎたく、よろしくお願い申し上げます。

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(11)10歳代の患者に対する治療が不十分にならないようにすることが重要です

 日本でも、本格的な新型インフルエンザの流行が起き始めており、今後も乳幼児や小中学生、高校生が流行の中心となって学級閉鎖、休校が頻発すると思われますし、アジアかぜや今回の新型インフルエンザの経験からも、一旦、流行が起きると、この年代は罹患率が30〜40%に上り、非常に多くの患者が発生すると予測されます。ほとんどの患者は軽症に経過すると考えられますが、世界的には、多数の10代の新型インフルエンザ患者が重症化して入院治療を受けているという報告が数多く見られます。
 米国の新型インフルエンザ入院患者の解析では、その約20%が10代の患者でした(N Engl J Med, October 8)。一方、日本では、10月20日現在で、新型インフルエンザによる入院例が累積で2755例見られ、内20歳未満が2331例と大部分を占めるだけでなく、人工呼吸器を使用した例の126例中89例が20歳未満であるなど10代を中心に被害が若年層に集中しています(厚労省ホームページ掲載資料による)。しかも、これら10代の重症例の過半数は基礎疾患のない、元来、健康な学童・学生です。新型インフルエンザの累積死亡数は全国で26例と、これもまた諸外国よりは極めて少ないものの、7例が20歳未満の患者です(同)。
 米国からは、新型インフルエンザ入院患者に対する抗ウイルス薬早期投与の有用性が示されましたが(N Engl J Med, October 8)、日本における新型インフルエンザの死亡例、重症例が、世界的に見て例外的に少ないのは、オセルタミビルやザナミビル等のノイラミニダーゼ阻害薬による早期治療が普及していることが有効に作用していると考えられます。
 10歳代の患者に対するオセルタミビルの投与は、日本では現在、異常行動の可能性があるために、添付文書でも原則として「投与差し控え」となっていますが、10歳代の新型インフルエンザ患者が、適切なノイラミニダーゼ阻害薬による治療を受けられないようなことがあれば、今後、流行の拡大に伴って重症の肺炎等を併発する患者の中に10歳代の患者が増加することは避けられないと考えられます。
 したがって、基礎疾患のない健康な10歳代の患者であっても、ノイラミニダーゼ阻害薬による治療は必要であると考えます。すなわち、迅速診断でA型インフルエンザと確定した場合は当然として、迅速診断が陰性であっても、家族内の新型インフルエンザ患者の存在や、学校での流行など流行状況から、また高熱と咳など臨床症状から、インフルエンザの可能性が強いと判断される場合には、早期にオセルタミビルやザナミビル等のノイラミニダーゼ阻害薬で治療を開始すべきです。また、肺炎が疑われる患者では、細菌性はもちろんですがインフルエンザウイルスによる肺炎である可能性も考慮すべきです。
 ノイラミニダーゼ阻害薬投与の決定は、主治医の判断によりますが、基礎疾患に喘息がある場合や、咳や呼吸困難でザナミビルの吸入が難しい場合はオセルタミビルで治療を開始します。また、WHOのガイドライン(文献)でも、重症例へは全例でオセルタミビルの使用が勧奨されており、10歳代の患者でも重症例や経過中に重症化した場合にはザナミビルではなく、施設の実情に応じたinformed consentをとってのオセルタミビルによる治療が勧められます。
 インフルエンザ患者における異常行動は、季節性インフルエンザ患者の場合、ノイラミニダーゼ阻害薬による治療をしていない場合であっても見られますし、また、オセルタミビルあるいはザナミビルによる治療中でも重い危険な異常行動例が報告されています。したがって、新型インフルエンザと診断された場合、オセルタミビルあるいはザナミビルによる治療中であってもなくとも、最低限、発病後48時間、あるいは投与開始後48時間は、保護者による観察が必要となります。

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(12)抗インフルエンザ薬の予防投与について

 本邦ではすでに新型インフルエンザの蔓延期に入っておりインフルエンザ患者と接触する機会が常にあること、ワクチンに過度の期待をすることはできないものの医療従事者の新型インフルエンザワクチン接種が広くいきわたったと考えられることより、医療従事者に対する抗インフルエンザ薬の予防投与は原則として中止すべきであると思われます。オセルタミビルの予防投与で耐性ウイルスが出現した報告20),21)もみられ、WHOも現在、予防目的で抗ウイルス薬を投与することを薦めていません22)。新型インフルエンザ患者と接触する可能性のある医療従事者は、常に感染予防に努め、インフルエンザ様症状の発現が認められたならば速やかに医療現場を離れ、インフルエンザと診断されるかインフルエンザが疑われる場合には早期に抗インフルエンザ薬の治療量を使用することが薦められます。なお、基礎疾患を持つ医療従事者での予防投与や入院患者における予防投与については、重症化のリスクを考慮したうえで投与の可否を決定することが望ましいと思われます。

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文献
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平成21年9月15日
(11)平成21年11月5日 追加
(12)平成21年12月25日 追加

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