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日本感染症学会提言2012
「インフルエンザ病院内感染対策の考え方について(高齢者施設を含めて)」

日本感染症学会提言2012
〜インフルエンザ病院内感染対策の考え方について〜(高齢者施設を含めて)

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<内容>
要約
はじめに
1.院内感染対策をもっと積極的に行いましょう
2.高齢者施設での対応
3.入院患者のインフルエンザ(疑い)発生時の対応
4.陰圧室の必要はありませんが、大部屋の使用も考えましょう
5.インフルエンザを発症した入院患者へは積極的な治療を行いましょう
6.インフルエンザが院内で発生した際は、他の入院患者への予防投与を行いましょう
7.予防投与の対象者の範囲
8.予防投与に伴う懸念は大きくありません
9.流行拡大時の職員への予防投与の考え方
10.予防投与に関する他のガイドラインの考え方
おわりに
付図1.院内におけるインフルエンザ感染予防のフローチャート
付図2.高齢者施設などにおけるインフルエンザ感染予防のフローチャート
付表1.抗インフルエンザ薬の概要(治療と予防に関して/成人の場合)

要約

  • 本提言は、病院や特に高齢者施設におけるインフルエンザ流行の被害が依然として大きいわが国の現状に対し、従来から行われてきたワクチン接種や院内・施設内感染対策の一層の徹底化に加えて、抗インフルエンザ薬の曝露後予防投与(本提言での予防投与はpost-exposure prophylaxisを意味します)を早期から積極的に行って被害を最小にしようというものです。
  • ただし、病院と高齢者施設とでは院内・施設内の状況が異なることから、職員をも含めてその対応を分けて考えています。
  • わが国で予防投与の適応が承認されている薬剤はザナミビルとオセルタミビルの2剤であり、いずれも1日1回、7〜10日間投与します。
  • 病院では基本的に、患者間の接触が少なく、医療者が早くからインフルエンザ症例の発生を把握できることから、インフルエンザ患者の発生が1つの病室に留まっている場合は同意取得の上、その病室に限定して抗インフルエンザ薬を予防投与します。
  • 病室を越えた発生が見られたら、病棟/フロア全体での予防投与も考慮します。
  • 一方、高齢者施設等の集団居住施設では、入所者間の接触が多くてインフルエンザの感染が拡がり易く、加えて高齢者では発症しても症状が不明確なことが多いため、フロア全体や入所者全員の予防投与を病院の場合よりもさらに早期から積極的に実施することを提案しています。
  • すなわち、高齢者施設では、インフルエンザ様の患者が2〜3日以内に2名以上発生し、迅速診断でインフルエンザと診断される患者が1名でも発生したら、施設や入所者の実情に応じて同意取得を心がけたうえで、フロア全体における抗インフルエンザ薬予防投与の開始を前向きに考慮する、というものです。
  • しかし、このような施設でも、入所者・職員を問わず、ワクチン接種を含めたインフルエンザ予防策の励行が重要であり、特に、外部の感染症専門医や感染制御の専門家に相談できる体制をふだんから作っておくことが必要です。
  • 既に米国や英国では2009年以降、本提言と同じように積極的な抗インフルエンザ薬予防投与の指針が示されています。
  • 診断や治療の面では世界をリードしながら予防の面では必ずしも進んでいると言えないわが国のインフルエンザ対策の中に、予防投与に関する本提言が生かされることを願います。

はじめに

 日本感染症学会の新型インフルエンザ対策委員会・診療ガイドラインワーキンググループは、2009年のインフルエンザA(H1N1)pdm09ウイルスによる「新型」インフルエンザ発生の初期からその対応について積極的な提言を行って参りました。具体的には、2009年5月21日の「緊急提言」から始まる6つの提言1-6)ですが、その骨子は、インフルエンザ発症後のなるべく早期から抗インフルエンザ薬、特にノイラミニダーゼ阻害薬を可能な限り全例に投与することであり、この対応を世界で最も広く効果的に行った我が国は世界最小の被害7)でこれを乗り切ることが出来ました。すなわち、第一波がほぼ終息した2010年6月の時点の人口10万対のわが国の死亡率は0.16でしたが、多くの国の同死亡率が0.5〜1.0〜4.0であった7)のとは好対照であり、これらの提言が十分な貢献をなしえたと考えております。
 さて、上記委員会・同ワーキンググループを2011年に発展的に継承して発足したインフルエンザ委員会は、2011〜2012シーズンを振り返り、次のシーズンではさらに効果的なインフルエンザ対策が行えるよう以下の提言を行います。

1.院内感染対策をもっと積極的に行いましょう

 我が国のインフルエンザの診断と治療は世界で最も進んでいるものの、毎年の流行期には、各地の高齢者長期療養施設内や病院でのインフルエンザの感染伝播が報告されています。このような施設においてインフルエンザが発生した場合、少数の患者間の感染に留まらず、多数の職員を巻き込みながら短期間に数十名もの発病者が出ることが時に見られ、結果として、免疫不全者や高齢者などのハイリスク患者が重症化して死亡する事態や、手術や抗がん化学療法などの本来の治療が延期となることも多く見られます。その規模も大きく、施設内感染というよりも、むしろ施設での流行というべき事態と言えます。
 病院や施設におけるインフルエンザ対策はまず、手指衛生の励行、呼吸器衛生/咳エチケット、流行期における不要不急な面会や外出の制限、患者・家族への適切な説明、職員の健康状態の把握と早期対応、職員へのワクチン接種などが重要です。これに関しては、これまでの提言およびガイドラインで述べてきたとおりですが、加えて、内部での流行拡大時における抗インフルエンザ薬の予防投与が重要です。欧米諸国においては、インフルエンザ発症者への抗インフルエンザ薬治療にはあまり積極的ではない国もありますが、米国や英国の施設内流行対策では重要な柱として、オセルタミビルやザナミビルの予防投与を定めています8,9)。日本国内でも、多くの病院で、院内感染対策として予防投与は確立していますが、その効果的な実践がやや不十分な施設も見られ、さらに、一部の病院や多くの高齢者施設では、予防投与が実施されていません。本委員会は、インフルエンザの施設内・院内流行への対策としての抗インフルエンザ薬予防投与の徹底が、今、最も重要であると考えています。なお、本提言で用いる「予防投与」はpost-exposure prophylaxis(曝露後予防投与)を意味するものです。

2.高齢者施設での対応

 高齢者施設ではリハビリやラウンジなど共同利用場所での接触機会が多く、インフルエンザ罹患時に高齢者が持続する高熱で脱水や食思不振になることや、二次性の細菌性肺炎が合併した際に重症化することがあります。高齢者施設ではまず、手指衛生の励行、呼吸器衛生/咳エチケット、流行期における不要不急な面会や外出の制限、入所者・家族への適切な説明、職員の健康状態の把握と早期対応、職員へのワクチン接種などが重要です。入所者へのインフルエンザワクチン接種は施設内感染対策のみならず、重症化の予防にきわめて重要であり、現在ではスタンダード化しています。我が国では、ほとんどの病院で職員のインフルエンザワクチン接種が毎年秋に実施され、接種率は90%以上と報告されています。しかし、多くの高齢者施設の職員のワクチン接種率は低く、病院職員と同じレベルまで高める必要があるため、特に、ボランティアを含む介護職員のインフルエンザワクチン接種をもっと勧めましょう。加えて、介護度の高い高齢者が入所している場合を含め、施設内におけるインフルエンザの発生時には、抗インフルエンザ薬予防投与を検討する必要があります。また高齢者では、追加接種を含め肺炎球菌ワクチンの接種を併せて行うことも有用であり、公費助成の拡大が望まれます。

3.入院患者のインフルエンザ(疑い)発生時の対応

 入院患者でインフルエンザ感染・発症が疑われた場合には、ただちに個室に隔離しましょう。迅速診断キットの結果が陰性であっても、周囲の流行状況や症状から見てインフルエンザが疑われた場合には、個室に隔離の上、翌日に再度、迅速診断キットで確認しましょう。

4.陰圧室の必要はありませんが、大部屋の使用も考えましょう

 インフルエンザの流行が、飛沫核感染によって成立している可能性も考慮すべきではありますが、現実的にその確率は低く、飛沫感染と接触感染が主体と考えてよいでしょう。したがって、陰圧室に隔離する必要はありません。しかしながら、インフルエンザ感染・発症者が未発症の他の患者と直接に接触することを避けるのが重要です。そのため、多数のインフルエンザ患者が発生した状況では、インフルエンザ患者を集め大部屋に収容することも対応として考えましょう。

5.インフルエンザを発症した入院患者へは積極的な治療を行いましょう

 院内でインフルエンザを発症した患者に対しては、ただちに(原則として48時間以内)ノイラミニダーゼ阻害薬による治療を開始しましょう。わが国で現実に使用できる抗インフルエンザ薬の4剤はいずれもノイラミニダーゼ阻害薬ですが、その使用適応に関しては以前の提言3,5)に記載していますのでご参照ください。通常は、吸入薬を含めて使用しますが、肺炎を併発した場合にはオセルタミビルかペラミビルを投与します。格別なリスクのない患者では、ザナミビルやラニナミビルなどの吸入薬を用いる治療も行われます。なお、発症後48時間を経過した患者へは抗インフルエンザ薬を投与しないとする考えもありますが、48時間を経過したら効果が全くなくなるわけではありません。既に軽快傾向にある例を除いては投与を前向きに考えましょう。また、迅速診断キットで陰性であってもインフルエンザを100%否定できるわけでないことは以前の提言2)にも記したとおりであり、疑わしい例に対しては積極的な投与を心がけましょう。

6.インフルエンザが院内で発生した際は、他の入院患者への予防投与を行いましょう

 インフルエンザを発症した患者に接触した入院患者や入所者に対しては、承諾を得た上で、ただちにオセルタミビルかザナミビルによる予防投与を開始します。いわゆる曝露後予防(post-exposure prophylaxis)です。現時点でラニナミビルとペラミビルには予防投与の適応はありません。
 予防投与の場合は、治療以上に、できるだけ早期から開始しましょう。可能であれば、インフルエンザ初発患者の発症から12〜24時間以内とすべきです。インフルエンザ感染後のまだ症状がない潜伏期間中であっても、発症の1日前から感染力があると考えられているからです。接触者が発症するかしないかを観察していては間に合いません。最近、わが国から、小児病棟におけるpost-exposure prophylaxisが有効で安全であったという報告が出ています10)。病棟内で予防投与を行ったこの報告では、家族内感染予防に関する多くの報告より高い有効性が示されており、これは、迅速診断検査を駆使することで診断が早く得られ、投薬開始も早かったためと考えられます。
 シーズン前のワクチン接種があってもなくても、予防投与は必要です。ワクチン接種で感染と発病を100%抑えられるわけではなく、ワクチン効果は、通常60〜80%程度であり高齢者ではさらに効果は低下すると考えるべきです。
 予防投与の期間は7日間から10日間とします。予防投与は、オセルタミビルは1回1カプセル、1日1回内服とし、ザナミビルは1日1回吸入とします。また、予防投与の効果は70〜80%程度ともされていて、予防投与を実施しても発症することはあり得ます。経過観察・サーベイランスは引き続き行い、発症したら通常量で治療することが必要です。特に高齢者では発症しているか潜伏期なのか判断できないような場合もあり、このような時は、当初、オセルタミビルやザナミビルは治療量で開始することもいいでしょう。
 なお、高齢者施設の中には医師が常駐していない施設も多く認められ、そのような施設において漫然と予防投与が行われることには注意が必要です。予防投与を行う際とその有効性の評価には、外部の感染症専門医や感染制御の専門家へ相談することが重要であり、そのような対応を迅速に行うためにも普段からの連携の構築が必要です。

7.予防投与の対象者の範囲

 病院では院内感染対策チームによるリスクアセスメントを行って、その対象の範囲を考えることが合理的です。病院では、基本的に、患者間での接触は比較的に少なく、医師、看護師により早期のインフルエンザ患者発生の把握も可能だと考えられますので、最初は、インフルエンザ発症者の同室者に対して予防投与を実施するのが原則です。しかし、複数の病室に渡ってインフルエンザ患者が発生した場合には、病棟全体やフロア全体での予防投与を考慮する必要もあります。
 高齢者施設でも同様に考えますが、接触者が特定できない場合が多く、発症しても症状が明確に出ないことも多いので、フロア全体、あるいは入所者全員の予防投与を積極的に実施する必要があります。インフルエンザ様の患者が2〜3日以内に2名以上発生して、1名でも迅速診断でインフルエンザと診断されたら、フロア全体の抗インフルエンザ薬予防投与の開始を考慮すべきです。この点に関しては、米国感染症学会も2009年の季節性インフルエンザに関するガイドライン11)の中で、施設内流行への対応策として「During documented outbreaks of influenza in long-term care facilities, all residents should receive influenza antiviral chemoprophylaxis, regardless of influenza vaccination status. Ideally, chemoprophylaxis should be implemented on all floors and wards of the facility, because breakthrough cases frequently occur when antiviral medications are administered only to those persons on the affected unit or ward and not to all residents in the facility」と述べており、より積極的な対策が望まれます。

8.予防投与に伴う懸念は大きくありません

 今シーズン、大規模な院内流行を起こした病院では、抗インフルエンザ薬による予防投与の実施が遅れた可能性も指摘されています。その病院で予防投与を行わなかった理由としては、予防投与を行うことによって耐性ウイルスが発生するのではないか?という懸念や副作用への懸念、あるいは薬剤費をどこが/誰が負担するのか?といった懸念などが多く挙げられています。
 病院や高齢者施設で抗インフルエンザ薬の予防投与をする場合は、高度の免疫不全状態の患者以外では、耐性のことを懸念する必要はありません。オセルタミビルを予防投与しただけでは、もちろん耐性ウイルスは出ません。しかし、オセルタミビル予防投与中に、もしもインフルエンザに感染すれば、オセルタミビル耐性ウイルスが出現することはあるでしょう。過去、治療後に出現したオセルタミビル耐性ウイルスについては、伝播の報告はありますが、極めて稀であり、かつ重症化は報告されていません。抗インフルエンザ薬の耐性については大きな誤解があり、ヒトからヒトにうつり、重症化することもあるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)等の細菌の耐性と混同されています。なお、ザナミビルに関しては、これまでに耐性ウイルスの報告はほとんどありません。
 高度の免疫不全患者、特に白血球減少、リンパ球減少が著明な場合は、ウイルス排泄が長引き、オセルタミビル耐性ウイルスが患者間で伝播したことが報告されています12,13)。血液疾患や悪性腫瘍患者が多く入院している病棟では、予防投与にザナミビルの使用が勧められます。
 オセルタミビル耐性のソ連かぜ(H1N1)が世界的に流行したことは記憶に新しいところです。またA(H1N1)pdm09ウイルスでも、昨年、オセルタミビル耐性ウイルスがオーストラリアの地方都市で流行したことが報告されています14)。これらはオセルタミビルの投与中や投与後に発生したものではなく、自然界での突然変異により発生し流行したものと考えられています。突然変異によるオセルタミビル耐性ウイルスが流行した場合は、オセルタミビルの予防は無効となり、ザナミビルでの予防が勧められます。
 副作用については、高齢の患者では、嘔気、嘔吐、下痢などの副作用に注意を要しますが、少なくとも、予防投与による利益がはるかに大きいと考えられます。なお、オセルタミビルは腎から排泄されるので、腎機能が低下している患者では、ザナミビルの予防投与も考慮しましょう。
 薬剤費に関しては、今シーズンのような病院や高齢者施設での深刻な状況に鑑みても、公費による負担等を関係諸機関で前向きに考えることが望まれます。

9.流行拡大時の職員への予防投与の考え方

 ここまでは、入所者、入院患者への予防投与を中心に考えてきました。それでは、院内で流行が拡大した時、職員への予防投与はどう考えればよいのでしょうか?職員の多くが毎年、インフルエンザワクチンを接種しているから予防は万全であり、抗インフルエンザ薬の予防投与は必要がない、という意見もあります。まず、ワクチン接種の意義とその効果を考えてみましょう。
 高齢者施設での職員のワクチン接種の重要な目的は、職員によるインフルエンザの施設内への持ち込みを防止することにあります。インフルエンザ施設内流行の原因の多くは、職員による持ち込みと考えられるからです。抗インフルエンザ薬が普及する以前、インフルエンザの大規模な施設内流行が起きた重症心身障害者施設からは、A香港型とB型の院内流行が連続して発生し、いずれの流行においても、入所者間でインフルエンザ流行が発生する前に、職員間の流行が先行したことが報告されています15)。そうしたことを防ぐためにシーズン前の職員へのワクチン接種が行われているわけですが、先述のように、ワクチン接種で感染と発病を100%は抑えられません。特に、抗原変異が予測されるようなシーズンや現実に抗原変異が確認されたシーズンにはワクチンの効果が低下するので、施設内へインフルエンザウイルスが持ち込まれる機会も高くなります。施設内での流行伝播に、職員が関与していると考えられる場合、特に職員の間でインフルエンザ発症が続く場合は、職員も入所者と同時に、オセルタミビルやザナミビルの予防投与が必要です。投与量や投与期間などは、先述の患者や入所者の場合と同様に考えます。
 病院の職員、主に医師と看護師へのワクチン接種は、発症後の重症化を防止するためではなく、インフルエンザの院内への持ち込みを防止することと共に、外来や入院のインフルエンザ患者からの感染・発症を防止することが目的となります。しかし、現実には、ワクチンを接種した医師、看護師等、医療関係者の相当数がインフルエンザ流行期に発症しています。病院の職員は本来健康ですから、ワクチン接種は必須ですが、予防投与は原則として必要ではなく、発症した場合の早期治療開始と十分な家庭での療養を心がけましょう。しかしながら、抗原変異が予測されるようなシーズンや、現実に抗原変異が確認されたシーズンにはワクチンの効果が低下するので、病院へインフルエンザウイルスが持ち込まれる機会も高くなり、患者から医師、看護師が感染する可能性も高くなります。そのような場合は、患者だけではなく、医師、看護師もオセルタミビルやザナミビルの予防投与が必要となる場合もあります。普段からウイルスの抗原変異の有無に関する情報に留意しましょう、なお、投与量や投与期間などは、先述の患者の場合と同様に考えます。

10.予防投与に関する他のガイドラインの考え方

 昨年3月の東日本大震災後の3月22日に示された「被災地におけるインフルエンザの予防対策について」16)には、「抗インフルエンザウイルス薬の予防投薬は、原則的には推奨されません。流行期間中であれば施設内等で次々に患者が発生する可能性が高く、その状況下では予防内服が長期にわたってしまうこと、予防内服によって治療薬が枯渇することがあってはならないこと、などの理由からです。もちろん、インフルエンザの患者さんと濃厚に接触してインフルエンザウイルスに感染している可能性が高く、発病した場合に重症化する可能性が高いこと等の理由によって、医学的に必要と判断される場合に予防内服を実施することはあります。」と記されています。勿論、これは大震災直後の切迫した状況という限定的な場面での対応であって、これを平常時の一般的な考え方に適用するべきではありません。しかも、このガイドラインは「医学的に必要と判断される場合に予防内服を実施」とも記しています。実際、宮城県や福島県、岩手県の被災地における避難所では、インフルエンザ患者が少数発生した時点で、感染制御に携わる医師等の医療従事者が出向き、避難所等にあらかじめ配備されていた迅速診断キットの使用と流行の状況に応じて抗インフルエンザ薬の予防投与を効果的に行い、ほとんどすべての避難所で小流行に抑え得たことが報告されています17,18)
 平常時のインフルエンザ施設内感染予防対策としては、2011年11月に厚生労働省と日本医師会が共同でガイドラインを改訂したものがあります19)。ここでは明確に「また、施設内感染伝播が発生している場合には、早期の抗ウイルス薬予防投薬などを考慮すべきである。」と記してあり、少なくともこれが平常時の対策であると考えるべきです。なお、先述のように米国感染症学会11)、米国CDC8)、英国Health Protection Agency9)はさらに積極的な対応策を公表しており、本提言の趣旨もこれに極めて近いものと考えております。

おわりに

 わが国がインフルエンザの診断と治療では世界のトップであるのにもかかわらず、残念ながら2011〜2012年のシーズンには、抗インフルエンザ薬の予防投与を実施することなく、院内・施設内において流行と死亡の発生した事例が少なからず見られました。そうした事態を極力抑えるために本提言が活用されることを願うものです。

文献

1)日本感染症学会新型インフルエンザ対策ワーキンググループ:日本感染症学会緊急提言「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」.日本感染症学会,[http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/090521soiv_teigen.pdf](2009年5月21日).
2)日本感染症学会新型インフルエンザ対策委員会:日本感染症学会提言「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」第2版.日本感染症学会,[http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/090914soiv_teigen2.pdf](2009年9月15日).
3)日本感染症学会新型インフルエンザ対策委員会:日本感染症学会提言 2010-01-25〜新規薬剤を含めた抗インフルエンザ薬の使用適応について〜. 日本感染症学会,[http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/100122soiv_teigen.pdf](2010年1月25日).
4)社団法人日本感染症学会新型インフルエンザ対策委員会:日本感染症学会提言「2010年の総括と2010/2011冬に向けた日本感染症学会の考え方」.日本感染症学会[http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/101202_thinking.pdf](2010年12月3日).
5)社団法人日本感染症学会・新型インフルエンザ対策委員会:社団法人日本感染症学会提言〜抗インフルエンザ薬の使用適応について(改訂版).日本感染症学会[http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/110301soiv_teigen.pdf](2011年3月1日).
6)日本感染症学会新型インフルエンザ診療ガイドラインワーキンググループ:新型インフルエンザ診療ガイドライン.日本感染症学会,[http://www.kansensho.or.jp/influenza/pdf/influenza_guideline.pdf](2009年9月15日).
7)厚生労働省 新型インフルエンザ対策推進本部:各国の状況について.第6回厚生労働省新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議資料,influ00528-05. 厚生労働省,[http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100528-05.pdf](2010年5月28日).
8)Fiore AE, Fry A, Shay D, Gubareva L, Bresee JS, Uyeki TM: Antiviral agents for the treatment and chemoprophylaxis of influenza --- recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR Recomm Rep 2011;60:1-24.
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17)Hatta M, Endo S, Tokuda K, Kunishima H, Arai K, Yano H, et al: Post-tsunami outbreaks of Influenza in evacuation centers in Miyagi prefecture, Japan. Clin Infect Dis, 2011, Oct 5(DOI. 10.1093/cid/cir/752)p.1-3.
18)遠藤史郎,徳田浩一,八田益充,國島広之,猪俣真也,石橋令臣,ほか:東日本大震災後の避難所において発生したA型インフルエンザアウトブレイク事例.環境感染誌 2012;27:50-6.
19)厚生労働省健康局結核感染症課,日本医師会感染症危機管理対策室:インフルエンザ施設内感染予防の手引き.(2011年11月改訂)[http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/dl/tebiki22.pdf]

平成24年8月20日
社団法人日本感染症学会・インフルエンザ委員会(渡辺  彰、荒川 創一、谷口 清州、青木 洋介、石田  直、國島 広之、菅谷 憲夫、三鴨 廣繁、委員長)
〒113-0033 東京都文京区本郷3丁目28-8 日内会館2F
E-mail:info@kansensho.or.jp
TEL:03-5842-5845、FAX:03-5842-5846

付図1.院内におけるインフルエンザ感染予防のフローチャート


付図2.高齢者施設などにおけるインフルエンザ感染予防のフローチャート