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インフルエンザ情報

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緊急討論
「“新型”インフルエンザからいかに国民を守るか
〜新型特措法の問題を含めて〜」

日本感染症学会におけるインフルエンザへの取り組みと新型インフルエンザ等特別措置法

日本感染症学会 理事長
岩本 愛吉
2012年11月21日

 日本において、今最も社会的に注目度の高い感染症はインフルエンザでしょう。毎年流行する“季節性”インフルエンザにはさほど興味を示さない人達やメディアも、“新型”インフルエンザとなればボルテージが跳ね上がります。その理由は、ニワトリに対するH5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスのすさまじい伝播力や病原性の強さを、人の“新型”インフルエンザに重ね合わせてイメージしてしまうからだと思います。インフルエンザという病気を十把一絡げにとらえて、えいやっと突き進むことには注意が必要です。インフルエンザウイルスの性質や治療、予防、対策や体制についてできる限り情報を共有し、冷静に議論し、方針を出していくことが重要だと思います。
 日本感染症学会では、砂川慶介前理事長のもと、2009年1月22日の理事会で渡辺彰東北大学教授を委員長とする「新型インフルエンザ対策ワーキンググループ」が起ち上がりました。奇しくも同年4月には、H1N1亜型のブタ由来のインフルエンザウイルスが発生しました。日本感染症学会は、渡辺委員長のもとで同年5月21日に、緊急提言「一般医療機関における新型インフルエンザへの対応について」を発信しました。その後、このワーキンググループは2009年6月25日「新型インフルンザ対策委員会」、2011年6月21日「インフルエンザ委員会」として理事会承認され、常設の委員会として提言の改訂や新たな提言を積極的に行って参りました。
 さて、「新型インフルエンザ“等”特別措置法」が衆参両院を通過し、施行に向けて国の有識者会議が結成され、2012年8月7日には第1回会議が行われています。1999年に施行された感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)には、当初から「新感染症」という疾病類型が設けられ、実際2003年に生じた重症急性呼吸器症候群(SARS)の際、原因ウイルスが同定されるまでの一時期運用されました。その後の改訂で、感染症法には「新型インフルエンザ“等”感染症」という疾病類型が追加されています。今回の「新型インフルエンザ“等”特別措置法」は、法の名称から判断すると「新型インフルエンザ“等”感染症」を目的とした法律のように思えます。その内容は、H5N1亜型の高病原性鳥インフルエンザウイルスがあたかも人から人への伝播性獲得をした場合を主に想定していた、2009年のパンデミックインフルエンザ以前の議論に立ち返ったような印象です。我々は、もっと法律そのものについて知る必要があるのではないでしょうか。
 感染症に関する日本最大の専門家集団である日本感染症学会は、専門家の意見を発信する場であるとともに、関連情報の提供や議論のプラットフォームとしても機能するべきだと考えています。様々なチャンネルを通じて、情報発信するとともに、議論の場を作っていきたいと考えています。

緊急討論
「“新型”インフルエンザからいかに国民を守るか
〜新型特措法の問題を含めて〜」

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<内容>
はじめに
集会の概要
緊急討論開催までの経緯
ウイルス学の立場から見た“新型”インフルエンザ
歴史から学ぶ“新型”インフルエンザ〜正しく恐れるために〜
新型特措法について考える 〜法律の問題点を含めて〜 1
新型特措法について考える 〜法律の問題点を含めて〜 2
特別発言1「エジプトから学ぶ」
特別発言2「インフルエンザの感染拡大は装甲車では防げない―新型インフルエンザ等対策特別措置法について―」
総合討論
特別発言3「新型ウイルス等特措法の実施について」
おわりに

                        

はじめに

 平成24年10月12日、東京で開催された第61回日本感染症学会東日本地方会学術集会と第59回日本化学療法学会東日本支部総会の合同学会の終了後に、特別企画として「日本感染症学会緊急討論“新型”インフルエンザからいかに国民を守るか〜新型特措法の問題を含めて〜」が開催されました。この企画を実現して頂いた日本感染症学会理事長の岩本愛吉先生(東京大学医科学研究所)、並びに第61回日本感染症学会東日本地方会学術集会会長の舘田一博先生(東邦大学医学部微生物学・感染症学講座)と同学術集会の事務局を担当された石井良和先生(同)に篤く感謝申し上げます。
 集会の概要は以下のとおりですが、本報告では緊急討論を開催するに至った経緯、及び、当日の討論内容を要約してご報告申し上げます。

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集会の概要

日時:平成24年10月12日(金曜日)16時15分〜18時
会場:ホテル日航東京 ペガサスA[第3会場]
司会:菅谷 憲夫(財団法人神奈川県警友会けいゆう病院小児科)
   渡辺  彰(東北大学加齢医学研究所抗感染症薬開発研究部門)

プログラム

  1. 開会の挨拶
  2. 基調講演:ウイルス学の立場から見た“新型”インフルエンザ
    [演者:喜田  宏(北海道大学大学院獣医学研究科・同 人獣共通感染症リサーチセンター)]
  3. 日本感染症学会インフルエンザ委員会から
    1. 歴史から学ぶ“新型”インフルエンザ〜正しく恐れるために〜
      [演者:渡辺  彰(東北大学加齢医学研究所・日本感染症学会東日本地方会)]
    2. 新型特措法について考える〜法律の問題点を含めて〜
      [演者1:青木 洋介(佐賀大学医学部国際医療学講座・日本感染症学会西日本地方会)]
      [演者2:三鴨 廣繁(愛知医科大学感染制御部・日本感染症学会中日本地方会)]
  4. 特別発言1[演者:永井 美之(理化学研究所新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター)]
  5. 特別発言2[演者:倉田  毅(国際医療福祉大学塩谷病院総合診療科・検査部、元国立感染症研究所)]
  6. 総合討論
  7. 特別発言3[演者:松本 慶蔵(長崎大学名誉教授・愛野記念病院名誉院長)]
  8. 閉会の挨拶

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緊急討論開催までの経緯

 新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、新型特措法)が平成24年5月11日に国会で成立しましたが、この法案の国会上程に際しては、日本弁護士連合会や日本ペンクラブなどから「基本的人権を阻害する可能性が大きい」とする反対声明が出されました。また、日本医学会(高久史麿理事長)からも「国会では慎重な熟議を」との要望が出されています。法案の成立に際しても衆参両院から「慎重な運用を行うよう配慮すべき」とする付帯決議が出されております。このように反対や異論の多い新型特措法ですが、この法律が整備されるまで本学会や関係するその他の学会へは案内や相談、依頼などの接触は全くなく、ごく一部の専門家の意見のみを反映して作成された法律であることが考えられます。
 かかる事態を受けて、日本感染症学会インフルエンザ委員会の渡辺と菅谷は日本医学会を含む関係諸団体と協議しましたが、本学会の岩本理事長からも指示を頂いて、この問題についての緊急討論会を開催する運びとなりました。討論会の構成は司会者が企画いたしましたが、企画を始めたのが本年8月下旬からであり、合同学会の抄録集に案内を掲載する〆切日まで2週間ほどの短期間で検討したこともあり、十分な内容まで高めることが出来なかったことを最初にお詫び申し上げます。抄録も作成できず、ご案内の文面のみであったこともお詫び申し上げます。不十分な企画であったことの一つとして、この法律に賛成のお考えの方にご参加賜ることが出来なかったことが挙げられます。この法律に賛成の方は少数ながらおられても、討論会での発言には躊躇される方ばかりであり、結局、反対のお考えの方やそれに近い方しかご発言を頂けませんでした。しかし、司会者としてはそれが現状であるとも考え、ご発言いただいた方々へは各自の考えに微妙な違いはあっても率直に述べることをお願い申し上げてご発言を賜ったことを併せてご報告申し上げます。
 以下、発言順にそれぞれの発言要旨を記します。

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ウイルス学の立場から見た“新型”インフルエンザ

喜田  宏(北海道大学大学院獣医学研究科・同人獣共通感染症リサーチセンター)

 用語の間違いが誤解と妄想を引き起こしている。インフルエンザはインフルエンザウイルス感染症、すなわち病名である。したがって、インフルエンザに新型も旧型もない。この奇妙な“新型”インフルエンザなる呼称は国会を通ってしまったので、すぐには正せないそうである。パンデミックインフルエンザを新型インフルエンザと誤訳したことに始まったものである。高病原性鳥インフルエンザウイルスは、ニワトリに致死的なインフルエンザを起こすウイルスを指す。インフルエンザウイルス粒子は毒素ではないので、“毒性”は間違いである。しかしいまだに“毒性の高いインフルエンザ”がまかり通っている。病原性とすべきである。病原性はウイルスの性質であり、インフルエンザには、毒性ではなく、“重症の”、あるいは“重篤な”を用いるべきである。インフルエンザウイルスの病原性は、ウイルスが感染したヒトなどの動物の体内における増殖に対する宿主の応答の程度をもって測られる。パンデミックウイルスは、ヒトに免疫がないために、インフルエンザの大流行を起こす。即ち、伝播性が高い。しかし、ヒトの体内で激しく増殖しない限り、ヒトに対する病原性は低い。メディアのみならず、いわゆる専門家でさえ、伝播性と病原性を混同して、混乱を引き起こしている。むしろ季節性インフルエンザウイルスの方がパンデミックウイルスよりヒトの体内でよく増殖するので、病原性が高いと想定するのが科学的である。季節性インフルエンザ対策(特にワクチン力価を高くする改良)を放置して、新型、新型と大騒ぎが続く状況は異常である。季節性インフルエンザ対策の改善こそがパンデミックインフルエンザ対策の基本である。
 1918年に出現したH1N1スペインインフルエンザウイルス、1957年のH2N2アジアインフルエンザウイルス、1968年のH3N2ホンコンインフルエンザウイルス、そして、2009年に出現したH1N1パンデミックインフルエンザウイルスは、いずれもブタの呼吸器で産生されたものと考えてよい。これまで、世界各地で「家禽(鶏)ペスト」(高病原性鳥インフルエンザ)が発生したが、その後にヒトにインフルエンザが大流行したことを示す歴史的事実はない。鳥インフルエンザウイルスの病原性は、ニワトリの静脈内に接種して測る。75%以上のニワトリを死亡させるものが高病原性鳥インフルエンザウイルスである。したがって、ニワトリ以外のヒトを含む異種動物に対する病原性は不明である。H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスは、これを接種したブタに感染、増殖するが、ブタは一見健康である。ただし、鳥由来のウイルスがブタに感染を繰り返すと、ヒトのレセプター特異性を獲得するので、H5インフルエンザウイルスをパンデミックウイルスの候補から除くことはできない。ブタインフルエンザのサーベイランスを重視する所以である。
 H5N1ウイルスがニワトリに感染を繰り返す間にヒト-ヒト感染を起こすウイルスに“変異”して、ヒトに“新型”インフルエンザを引き起こすのは“秒読み段階”とのナンセンスな議論が続いている状況も異常である。たった4か国で鳥インフルエンザワクチンが誤用されているために、H5N1ウイルスが常在化し、抗原変異ウイルスが選択されてしまって混乱が続いている。鳥インフルエンザを鳥のみの被害に収めることこそ鍵であることが、ようやく、WHO、OIEおよびFAOならびに当該4か国の獣医当局に理解され始めたところである。4か国の鳥インフルエンザ対策を正しく執るための援助を我々獣医の使命として、進めている。パンデミック(“新型”と呼ばれている)インフルエンザの例として必ず1918年のスペインインフルエンザが引き合いに出されるのもまた、ナンセンスであり、背後に人為的意図があるものと考える。
 新型インフルエンザ等対策特別措置法は上述の誤った認識の下に起案され、国会で承認されてしまったものである。科学的には、本法が適用される事態は起こらないと考えられる。しかし、判断を誤り、非常事態宣言を発して、本法が適用されて、無為の混乱を引き起こすことがないように、監視しなければならない。誰が判断責任者となるのであろうか。おそらく、厚生労働大臣であろう。大臣には、大局的見識をもった専門家が責任をもって正しい判断を具申しなければならない。水際作戦や発熱外来の設置がインフルエンザに通用すると誤解しているような専門家ではいけない。感染症の本質を見抜けるのは、患者を診断、治療している臨床家か、感染症の発生現場でその制圧の指揮を執ることができる現場疫学者であろう。“新型”インフルエンザ対策やワクチンについて専門家会議で議論を続けていると報道されているが、この会議が責任を果たせるのか疑問である。

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歴史から学ぶ“新型”インフルエンザ〜正しく恐れるために〜

渡辺  彰(東北大学加齢医学研究所・日本感染症学会東日本地方会)

 インフルエンザはヒトの歴史と共にあり、ツキジデスやヒポクラテスのギリシャ時代から記録が残っている。日本では西暦862年の貞観年間に記録があり(三代実録)、抗原の大きな変異による“新型”インフルエンザは古くから繰り返し出現してきた。20世紀には3度出現したが、中世ヨーロッパのペストのごとく人口の半分近くが死亡するようなインフルエンザは歴史書には全く記載されておらず、インフルエンザは“新型”を含めてすべてself-limiting diseaseであった。新型特措法が想定している「死亡率が60%以上」などというインフルエンザはなかったのであり、これからもない。
 新型特措法が想定しているわが国の「64万人の死亡」は、スペインインフルエンザにおける死亡者数(39万人とも48万人とも言われる)を参照したものと思われるが、1918年からのこのスペインインフルエンザの時代はいずれも、ヒトからのインフルエンザウイルスの発見(1933年)、スペインインフルエンザで死因の90%以上を占めた肺炎(Morens DM, et al: J Infect Dis 198:962-70,2008)の治療薬である抗菌薬の創出(ペニシリン、1941年)、インフルエンザ予防の大きな柱であるワクチンの実用化(わが国では1950年代から接種開始)、抗インフルエンザ薬の使用開始(わが国では2000年から)、などのはるか前であり、インフルエンザの原因も治療も予防もすべて不明の時代であった。今、同じことが起こることは考えられず、実際、それらを手にし始めた20世紀半ばからのわが国のインフルエンザによる死亡者数は、アジアインフルエンザと香港インフルエンザでは4〜7万人、同じ香港インフルエンザウイルスであっても抗原変異の大きなシドニー株が流行した1997〜98年には2〜3万人であったが、抗インフルエンザ薬が実用化されて以降に初めて出現した2009年の“新型”では200人にまで減少した。米国の死亡者数(16701名[CDC])とは大きく異なるが、わが国が広範に早期から効果的に抗インフルエンザ薬を使用したことによる成果であり、WHOをはじめ世界各国から称賛されていることでもある。
 しかるに新型特措法は、A/H5N1ウイルスによる高病原性鳥インフルエンザがヒトの間でも広範に伝播し始めるのは時間の問題/必至であり、それに備えるためとして、2009年に破たんした空港検疫等の水際撃退作戦や発熱外来の設置を再び計画し、さらには、安全性が100%確立された訳ではないプレパンデミックワクチンの国民全員への接種をWHOの勧告にも関わらず計画している(当局から各製薬会社へ細胞培養法での平成25年度中までの製造が依頼されたワクチンの総量は1億3000万人分以上)。しかし、A/H5N1ウイルスがヒトの間で広範に伝播拡大し、64万人の死亡といった事態が本当に起こり得るのか?検証しておく必要がある。WHOの報告で被害の大きなインドネシア・ベトナム・中国・エジプトがいずれも鶏にワクチンを接種している国であることは是正すべき問題と思われるが、これらの国の中でエジプトのみ死亡率が低いことには注目すべきである。特別発言1の永井博士が詳しく述べられるが、エジプトではA/H5N1ウイルスの感染発症が疑われる例へは、早期に入院の上、すぐにオセルタミビルの投与を開始している。同薬の投与開始が発症後3日目までの死亡率は6.3%(4/63)、4日目以降では53.2%(33/62)と大きな差がある(Nagai Y: Rev Med Virol(2012)DOI: 10.1002/rmv.1730)。抗インフルエンザ薬はA/H5N1ウイルスにも有効なのである。
 さらに、A/H5N1ウイルスがヒトの間で広範に伝播するウイルスではないことも知られている。1996〜97年に香港で出現して以来、同ウイルスによる発症は、統計の確かな2003年以降の報告でも1,000例に満たない。ヒト-ヒト感染の事例は複数認められるものの、いずれも家族内感染の事例であり、しかも、配偶者間の感染成立は見られない。感染の成立は血縁関係にある親子や兄弟間にのみ認められるのであり、その本態はいまだ不明であるが、A/H5N1ウイルスに対して高感受性で感染発症後に増悪進展しやすい遺伝的素因が存在することと、それが極めて少数であることは確実である。10年ほど前のSARSでは、中国系民族を中心に8000名以上の発症者と800名以上の死亡が見られたが、台湾からの報告で、SARS発症と死亡のリスク因子としてヒト白血球抗原のHLA-46とHLA-53の保有が挙げられ、これが台湾本省人(出自の多くは中国南部)に多いこと、及びSARS感染例のなかった台湾原住民(高砂族、アミ族など)にはHLA-13が多かった(Lin M, et al: BMC Med Genet 4:9-15,2003)ことなどを参照すれば、ヒトの感染症原因微生物に対する感受性の大小には何らかの遺伝的素因が存在することが確実である。そして、A/H5N1ウイルスに対しては大多数のヒトが低感受性であることは否定できない。すなわち、A/H5N1ウイルスがヒトの間でパンデミックを起こすことは想定出来ないのであり、発生必至と想定して成立した新型特措法は誤った前提に立脚して成立した法律と言える。歴史から学んでいない法律は廃止も含めて再考すべきであり、少なくとも運用すべきではない。

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新型特措法について考える 〜法律の問題点を含めて〜 1

青木 洋介(佐賀大学医学部国際医療学講座・日本感染症学会西日本地方会)

 これまで地方行政のインフルエンザ対策に協力してきた感染症医として、臨床の現場から率直に意見を述べる。
 まず、2009年4月のパンデミック直前に時間を遡ってみたい。以下は、佐賀県K市を管轄する保健所の依頼で私が講師を務めた「新型インフルエンザ対策研修会」(2009年1月9日開催)の内容の一部である:

  • H1-3 / N1,2の亜型ウイルスがヒトパンデミックインフルエンザの主役である。
  • H5、H7等亜型によるヒト感染症が過去に発生しているが、散発的・局地的である。
  • H5N1が流行しなかったからと言ってパンデミア発生が否定される訳ではない。
  • むしろH1-3型のパンデミアの可能性は十分に高い。
  • 「パン(凡ての)デミア(ヒト)」、「エピ(直上)デミア」、「エン(内部に)デミア」という、疫学用語の理解は感染症の地域医療に関わる際に重要である。
  • 次のパンデミアまでの期間をinterpandemic periodというが、この間に毎年流行するのが季節性インフルエンザであり、エンデミア(ヒトに浸透している)である。
  • 東南アジアで孤発例として報告されているH5N1はエピデミア(一部のヒトのみ)であり、未だパンデミアを起こしてはいない。
  • どのようなインフルエンザが流行しようと、その対策は毎年の季節性インフルエンザの感染対策の延長線上にある。

上記の講習会の四か月後、H1N1によるパンデミックインフルエンザが発生した。
 “新型”インフルエンザとして水際作戦(検疫)がとられ、コールセンターや発熱外来、が設置され、臨床、行政を問わず医療に携わる実に多くの人々が忙殺された。感染指数は季節性インフルエンザに比べて高いため多くの患者が発生したが、飛沫・接触予防策遵守下であれば普通の医療機関で診療できるインフルエンザであることが徐々に明らかになり、混乱も解消された。2009年秋には大きな流行が認められたが、その後、高齢者感染症の割合が増えたことに伴い、2011年4月に季節性インフルエンザとして取り扱われるに至った。
 2011年9月、私は佐賀県保険医協会講演会で「インフルエンザ:毎年流行るのになぜ防げない」と題して、季節性インフルエンザへの適切な対応(ワクチン接種、咳エチケット、手指消毒、重症化リスク群に対する早期の抗インフルエンザ薬による積極的な治療)が最も重要であることを述べた。パンデミックからエンデミックへと推移した21世紀のインフルエンザを経験したことが、地域医療における恒常的かつ基本的なインフルエンザ対策を啓発して行く必要性の自認に繋がったためでもある。
 ところが、2012年9月、私の住む県において「新型インフルエンザ対策行動計画」の講習会が今回の特措法の説明を兼ね開催された。その会議内容の印象は、“非常に違和感を覚える”との表現が最も適切かも知れない。

  • 新型とはパンデミアか、エピデミアか?
  • 新型とはH5N1のことか?
  • H5N1がパンデミアを起こす蓋然性が果たしてどの程度あると考えよと言うのか?
  • 季節性インフルエンザの流行時とは異質な行動計画が法制化され(検疫の実施:特措法第29、30条、外出や集会の禁止:同45条、プレパンデミックワクチンによる対策:同46条、臨時医療機関開設:同48、49条、等)、県医師会、薬剤師会等が招集され、 2009年パンデミック以前の“H5N1流行前夜“に再度立ち返るべき理由は何か。
  • H5N1型ウイルスのヒト感染例が多い国に共通する事が「家禽へのH5N1ワクチン接種」であることを認識した上でのヒトへのH5N1ワクチン接種戦略か。予測される感染指数に基付く集団免疫閾値(HIT: herd immunity threshold)や感染モデルの解析は十分になされているか。

 個人レベルでの健康被害が甚大な新興感染症を想定した法整備が不要、との意見を申し上げているのではない。致死性のヒトインフルエンザ発生の蓋然性の低さを考慮することなく、功罪が定まらないワクチン接種の勧奨や、多忙な臨床現場を更に混乱させる結果を招くような法律が専門家の知らないうちに制度化されてしまうことに、一国民としても、その意思決定プロセスの不確かさに不安を感じる。
 私はウイルス学を専門とする感染症医ではないが、以上が、2009年のパンデミックを経験した感染症医として、今回の特措法制定について感じる違和感であり、大きな疑問である。
文献
Fine P: “Herd Immunity”: a rough guide. Clin Infect Dis 52: 911, 2011
Vinnycky E: Infectious Disease Modeling, Oxford Univ. Press, 2010

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新型特措法について考える 〜法律の問題点を含めて〜 2

三鴨 廣繁(愛知医科大学感染制御部・日本感染症学会中日本地方会)

 国民を新興感染症病原体から守るべく新型特措法が平成24年5月11日に国会で成立したが、これまで感染症患者の診療に従事してきた一臨床医としては、本法の運用にあたっては再考すべき点も多いと考えている。
 はじめに、第四十八条に記載されている「臨時の医療施設」の設置に関する記載に関して意見を述べる。本法律における「臨時の医療施設」が意味するものが「発熱外来」であるならば、我々が2009年に経験したインフルエンザA(H1N1)2009の大流行時には「発熱外来」は早々に破綻した事実があることが忘れられている可能性がある。2009年のインフルエンザA(H1N1)2009流行時には、インフルエンザの診療を実施すると手を挙げた診療所等に抗インフルエンザ薬等を優先的に配分するといった手上げ方式とも呼ばれた「仙台方式」や、医師会の休日診療所等をインフルエンザの診療を実施する場所と定め、医師会の先生方が順に定められた場所で診察を実施するといった「名古屋方式」などが最も実用的な方策であったことは万人が認めるところである。むしろ現実的な対応を考えると、法律の中で、いわゆるインフルエンザを含めた新興感染症を診察するにあたっての具体的な運用策を各自治体で考慮するべきであるという記載がベターと考えられる。
 インフルエンザに関しては、毎年発生する季節性インフルエンザの流行が抑えられないという事実がある中、第四十五条「新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間並びに発生の状況を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間及び区域において、生活の維持に必要な場合を除きみだりに当該者の居宅又はこれに相当する場所から外出しないこと」で規定されている外出禁止や集会禁止で、本当に“新型”を抑えることができるかどうか甚だ疑問が残る。日常生活に必要な外出のおもな理由は、通勤、通学、そして食糧・日用品の買い物である。数理モデル解析では、これらを制限すれば、インフルエンザの流行のピークを大幅に平坦化できると予想されているが、それには早期から極めて厳しい行動制限の実施が必要であることが考慮されているとは言い難い。また、第二十九条では「外国において新型インフルエンザ等が発生した場合の検疫」、第三十条では「渡航制限や来航制限」に関して言及している。しかし、検疫が有効であったという科学的根拠は現在のところ見当たらない上に、渡航制限は非現実的な対応と言わざるを得ない。
 インフルエンザA(H1N1)2009大流行時の対応からインフルエンザによる死亡率を抑制するために最も効果的であったのは、日本感染症学会インフルエンザ対策委員会が発表した「抗インフルエンザ薬により早期から積極的に治療すること」および「細菌性肺炎例や呼吸不全例への対応を十分に行うこと」であることはWHOや諸外国も認めている。このような科学的エビデンスを法律に活かすことが必要であると考える。本法の第四十六条「新型インフルエンザ等が国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与え、国民生活及び国民経済の安定が損なわれることのないようにするため緊急の必要があると認めるときは、基本的対処方針を変更し、第十八条第二項第三号に掲げる重要事項として、予防接種法第六条第一項の規定による予防接種の対象者及び期間を定める」に基づいて、日本政府はインフルエンザH5N1のプレパンデミックワクチンの大量備蓄を開始しているが、H5N1がいつ流行するかわからない状況の中で、あるいはどの種類の鳥インフルエンザが流行するか予測ができない中で、決して完成度が高いとは言えないプレパンデミックワクチンの備蓄を開始するよりも、むしろ第2波に備えたパンデミックワクチンの製造能力を強化することの方が重要であると考える。
 我々は、過去のインフルエンザパンデミックから多くのことを学び、いくつかの科学的なエビデンスを構築してきた。したがって、法律も科学的エビデンスに基づいて作成されるべきであると考える。その一方で、感染症の病原体コントロールは困難であることは歴史が証明している。したがって、少しでも科学的根拠に基づいた臨機応変な対応を取ることができるように、法律の中で、日本の各地域で「緊急有識者会議」を設置するなどの具体的対応策について明示することも重要であると考える。

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特別発言1「エジプトから学ぶ」

永井 美之(理化学研究所 新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター)

 新型インフルエンザ等特別措置法が高病原性H5N1をベースに策定され、我が国の推定死者数が64万人にのぼるというのはスペインインフルエンザからの演繹であろうが、H5N1のヒト感染の死亡率が世界平均で60%近いことも意識されているとの印象を持つ。デュアルユース問題も、致死率60%のdeadly agentであるということが議論のベースになっているという印象を持つ。しかし、以下のエジプトの経験から医療体制の中味を抜きにして、アプリオリに60%という前提で物ごとを考えることは間違っていると思われる。
 イスラム教徒が大多数を占めるエジプトでは、おもな蛋白源は鶏を主とする家禽である。養鶏王国エジプトにとって高病原性H5N1感染の拡大は深刻である。そしてヒト感染例もインドネシアに次いで多い(2012年8月現在)。同国では保健大臣を中心に関係省、WHOやFAO代表を加えた国家対策会議が組織され、トリからヒトレベルまで被害を低減させるための包括的方針が定められ、実行されてきた(Avian Influenza Control in Egypt, Ministry of Health, The Arab Republic of Egypt, 2009;インフルエンザ考―医療格差は最大のリスク因子、治療薬選択肢の拡大と普及を願う。永井 美之、科学 79, 1392-1400, 2009)。
 そのうちヒト感染対策の骨子は(1)感染が疑われるケースの早期発見とchest/fever clinicへの早期入院、(2)ただちに(確定診断を待たずに疑い例すべてに)オセルタミビルを投与(500万錠を備蓄)、(3)重症例およびH5N1陽性の場合は呼吸管理のできる高次指定病院への転院、である。
 エジプトは情報開示に積極的で、最初のヒト感染(2006年3月)から2012年8月までに発生した168例の診断確定例のうち、125例について発症日と入院(オセルタミビル投与)日をWHO websiteから知ることができる。この125例の発症からの入院日と臨床結果(死亡数/総数、%)の関係を整理すると、3日までの入院(<3days)と4日以降の入院(>3days)で致死率に顕著な違いがあることがわかる。すなわち、<3daysでは4/63(6.3%)、>3daysでは、世界平均約60%に近い、33/62(53.2%)、これらをあわせた全数では37/125(29.6%) となる(Fig. 1)(Nagai Y, A watershed in clinical outcomes of human infections with highly pathogenic H5N1 avian influenza viruses: lessons from case-management in Egypt, Rev. Med. Virol.(2012), DOI: 10.1002/rmv.1739)。これらの数値は年ごとに若干変化するし、男性より女性の方が致死率が高い傾向にあるが、早期入院、早期投薬が出来たか否かでほとんど説明がつく。なお、14日入院のケース(Fig. 1)については、WHO siteでは入院時criticalの記載があるが、death or recoveryについての記載はなかった。一方、死亡例総数の中には含まれていなかった。それゆえ、とりあえず、recoveryに分類した。
 以上から、H5N1ヒト感染の生死を分ける分水嶺(watershed)は発症後3日以内に入院、服薬ができるか否かである(Fig. 1)。この<3days医療体制を構築するのは途上国のみならず先進国でも容易ではないであろう。しかし、わが国では大方整っていることがH1N1 2009pdmで証明され、H5N1亜型ベースのパンデミックあるいはバイオテロへの備えはある程度は出来ているとみなされる。どの亜型に由来するパンデミックであってもワクチンの生産、国民への普及には1年はかかるであろう。H5N1プレパンデミックワクチンを用意することは、パンデミック亜型と亜型内変異、出現時期が予知不可能なことから、あまり意義は感じられない。発症者の早期発見、早期抗ウイルス剤投与が流行初期(〜1年間)での対策の基本であると思う。
 外来での迅速かつ正確な診断技術が無く、エジプトは大量の抗ウイルス剤を備蓄し、疑い例すべてに投与せねばならなかった。我が国で活用できる診断技術も感度が充分ではない、時間がかかるなどの問題が多い。定温核酸増幅技術を利用すれば高感度で、1時間程度で診断可能であろう。そうなれば、抗ウイルス剤も随分節約できる。このラインでの技術イノベーションも待望される。

Fig. 1

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特別発言2「インフルエンザの感染拡大は装甲車では防げない―新型インフルエンザ等対策特別措置法について―」

倉田  毅(国際医療福祉大学塩谷病院総合診療科・検査部、元国立感染症研究所)

 どのような経緯があって、あの悪名高き明治の伝染病予防法もとても及ばないような 今回の新型インフルエンザ特措法が成立したかは全く知らない。また、どのような方々がメンバーであったかも分からない。しかし、もしも感染症の専門家と自認する方が入っていたなら恐ろしい事である。この100年余の医学、科学の発展を全く考慮してはいない、つまり感染症を病気としてほとんどご存知ないのではないか?と言わざるをえない。また、かつての伝染病予防法を一度も読んだことがないのでは?さらには、先頃(2009−2011年)の世界中を巻き込んだ豚由来H1N1のパンデミックの世界の実態をよく把握しておられないのでは??と疑わざるを得ない。あの法律が制定された明治時代には感染症はもちろん その他の病気もほとんど原因不明で、警察が介入した時代である。医学史をひも解くまでもなく、この100年間に明らかにされたことは山ほどあるのである。あの悪法の時代には判らないことだらけであった、現在は全く違う。旧伝染病予防法を改正した「感染症の予防と感染症の患者に対する医療に関する法律=いわゆる新しい感染症法(平成11年)」の理念をもう一度思い返してはいかがか?世界中で、感染症の登場に際して装甲車が(集会や移動の禁止等々)出てくる医療対応を骨子に据えている国はどこにもない。不思議なことに我が国のウイルス学者の中には病気をひたすら恐れ、そして過大に反応する方々が多い。社会不安を増大させる言動(科学的、医学的根拠は全く示されたことはなく、全て推測に次ぐ推測である)が多く、研究費獲得のためにする宣伝活動か?と疑うものである。そしてなによりもQをつけたくなるのは必ずと言ってよいほどスペイン風邪(1918年)のときの写真―皆が同じものを使用している。大きな体育館にボロボロのベッドとボロボロ穴だらけの毛布、その脇に立つ当時の精彩を欠いた看護師の姿。第一次世界大戦の真っただ中である。全く何もないー医薬品も食料も、そしてヒトも。現在は対応手段が全部あるのである。私は、写真についてはそれがどうした??といつも文句を言っている者の一人である。多分、“インフルエンザが流行するとこのようになるぞ”と聴衆を恐怖におとしいれたいのであろうが、あまりの時代錯誤に呆れ返るばかりである。
 筆者は1968年の香港風邪に始まる全てのインフルエンザ、天然痘、ウイルス性出血熱(ラッサ熱、エボラ出血熱、マールブルグ出血熱、クリミアコンゴ出血熱、腎症候性出血熱)、日本脳炎、エイズ等々の疾患を人体例(生存者を含む)や感染動物等々で感染病理学の観点から世界中で勉強してきた。天然痘や腎症候性出血熱、香港風邪(H3N2)インフルエンザではエーロゾルはもちろんあるが対応は各々同じではなく、天然痘はワクチン接種を骨子とし、患者と非感染者との接触を断つことにより、また、腎症候性出血熱は年間数十万の患者が出ていた(中国、ロシア、北欧等)が、ウイルスを保有する野ネズミとヒトとの接触の機会を減らすことにより減少しつつある。そしてインフルエンザである。
 今回(2009−2011年)のパンデミック騒ぎほど象徴的なことはない。我が国の対応は世界でずば抜けて素晴らしかったことを皆さんご存知か?医療関係者の24時間にわたる対応が多くの生命を救ったことについて正しく評価されていないことは極めて遺憾である。PCRに用いるプラィマーを2009年5月連休前日、国立感染症研究所インフルエンザ研究センターは大量に作り、翌日、全国77カ所の地方衛生研究所に発送し、ただちに各研究所は試験を開始した。その手順は、病院や診療所でA型抗原陽性と判明した検体を、地域の保健所が衛生研究所に検体を運んで遺伝子検査を行い、新しい豚インフルエンザであることを確認して投薬するというやりかたであり、最初3カ月は連日24時間体制でなされ、それ以後は抗原陽性者には診療施設で即、抗インフルエンザ薬が投与された。地方では週ごとに担当機関を決め、そこは24時間、患者の診療にあたったわけである。最も大事なことは、お金のない方々にも無料で診療を行ったことである。しかも極めて有効な薬剤が現在4種類も存在しており、それが大きく患者救済に貢献したことはいうまでもない。東京都は人口の43%分を、各自治体は11-12%を確保したと公表された。その結果が死者198名であったわけである。対応を緻密に行うことにより犠牲者を極端に減らすことができたわけである。人口比でみたとき、いわゆる先進諸国といわれている国々のなかでいうまでもなく極端に低い犠牲者の数であった。筆者は世界の状況に関心があり調査した。米国の犠牲者は16701名(CDC)で、人口3億を考慮してもあまりにもひどい数字である。これはまさに医療が機能してはいないことの明確な証拠である。欧州各国においても、米国ほどひどくはないが人口比でみれば 我が国とは全く比較にはならない。しかし、我が国の有識者なる集団がまとめた「総括」なるものを知り、呆れ返ったものである。曰く“我が国の今回のパンデミック対応は欧米先進諸国の対応にくらべ著しく遅れをとった。。。。。”。誰が何を根拠に論じたかが全く記されてはいないのでよくは分からない。はっきりしているのは、起こった事実をきちっと見ていない、分析すらしてはいない、ということである。
 筆者は、米国CDCに集められている病理関係の標本をみるべく3回アトランタに飛んだ。まず現在の日本では見ることができない医療の手が加えられていない、あまりに汚い標本が大部分であった。典型的インフルエンザ肺炎(肺胞上皮を場とする)は450例(日本では数例のみ)、その他は細菌や真菌の重複感染によるものであった。我が国の病理標本には米国でのようなひどいものは見られてはいない。これらは、まさに医療の差である。現在の日本では、(1).診断が国内どこでもすぐにできる、(2).(1)で陽性なら直ちに抗インフルエンザ薬を投与するー現在これらの薬剤は東南アジアその他地区で流行中のH5N1感染に絶大な効果を示している、(3).細菌性肺炎防止に同時に抗生剤を投与する、(4).ワクチン(現在の皮下接種法は感染防御には効果は極めて低い、近い将来にはより有効な経鼻接種に移行するであろう)、(5).診療機関の患者対応の環境はスペイン風邪時代とは全く変わった、(6).世界の情報は秒単位で世界中から入る、しかも写真も。
 以上より、感染者や患者に対してより早い対応をすることにより、前回より犠牲者を減らすことはきわめて容易であろうことは明らかである。現在の日本のあるべき対応は、今回の法律にかかげられていることでは全くなく、全国津々浦々まで診療体制を整備することだけである。これはインフルエンザ以外の疾患対策にも大きく貢献する。他にはなにも要らない!!検疫なぞ、役に立つとした国は世界にはまったくない。航空機や船舶の検疫にいたっては、まったく病気をご存知ない方々の絵空事であろう。全ての旅行者を港に留め置くなぞ、世界に通用する方法とお考えなら、それは人権無視の大合唱が世界中から巻き起こることでしょう。違反したら警察の対応となるのですか?インフルエンザ対応を警察ができるわけは全くなないのです。どこをみても、厚生労働省ないし保健所等々医療関係者が主体とはとても読めないのです。集会厳禁、道路遮断、移動禁止等々、何事ですか?インフルエンザが3日で終わるならそれもよいでしょう。今回の流行をみても、2年間にわたっているのです。病気伝播の物理的遮断が可能と考えてこんな法律をつくったとしたら 世も末である。しかも、有識者たちが???インフルエンザであろうと、新たにどのような感染症が登場しようと、厚生労働省、自治体の厚生部および医療関係者の役割が全てではないのですか?もちろん対応のための基盤整備を含めてですが。装甲車的発想がなしうることはこの問題に関する限り、混乱防止の交通整理だけではないですか?

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総合討論

まとめ:菅谷 憲夫(財団法人神奈川県警友会けいゆう病院小児科)

 討論会の中心となった総合討論では、活発な意見が交換されました。感染症の専門家から見て、余りに常識に反した法律が、なぜ、今、出てきたのか、しかも、なぜ成立してしまったのかという疑問が強く、討論会の意見を早急に公表すべきであるということが決定されました。
 新型インフルエンザ等特措法(以後、特措法と略す)が、感染症を専門とした医師を初めとする医療関係者に深く関係した法律であるのに、日本感染症学会や日本ウイルス学会へ殆ど情報が来ず、議論も全くされないままに成立したことにも疑問が呈されました。実際、ほとんどの会員が、法律の存在すら知らなかったのです。
 特措法が、H5N1の出現を前提としている点にも多くの疑問が出ました。次のパンデミックがH5N1であるかどうかは、いくつもある可能性の一つに過ぎないこと、またH5N1出現が時間の問題であるかのようなとらえ方が、日本経団連のホームページに見られますが、それは、世界の常識に反していることが確認されました。世界の専門家の間で、今、懸念されているのは、ブタインフルエンザH3N2variantであり、次のパンデミックについての多数意見はH2N2の再来の可能性です。
 この法律で、H5N1プレパンデミックワクチン(以下、プレパンデミックワクチンと略す)の接種が対策の中心となっていることにも強い批判が出ました。プレパンデミックワクチンを準備しても、H5N1以外のウイルスが出現した場合、何の役にも立たないのは当然です。H5N1ワクチンを備蓄すること自体は、あらゆる可能性に備えるという意味では正しいのですが、問題はこの法律を基に、世界の常識に反して、プレパンデミックワクチン接種を実際に開始しようという動きがある点です。世界各国で、プレパンデミックワクチン接種を開始するのは、WHOの勧告ではフェーズ4、つまり、人から人の感染が確認されたときです。ところが、法律を作った政治家の意見は、H5N1のパンデミックは『時間の問題で必至』なのだから、備蓄して保管期限が来たワクチンは廃棄しないで、国民に接種すべきであるというものです。全くの誤解に基づいた意見ですが、国民、政治家などに正しい情報を伝えることは専門家の義務、急務と考えます。
 プレパンデミックワクチンでは重大な副作用の懸念があることも議論されました。H5N1ワクチンの健康成人の治験で、副作用のために、6,000人の治験で2名の入院例が出ています。60万人に接種すれば200名の入院が出ることが予測されるのです。しかも、このワクチンの小児での治験では高熱患者が続出し中止された経緯もあります。小児に使用できないワクチンを、パンデミックに備えて備蓄していること自体がナンセンスと言えます。したがって、今、H5N1プレパンデミックワクチンの接種を開始することは、医学的に正当性が無く、副作用を考慮すれば倫理的にも許されないことと考えます。
 先のH1N1/09パンデミックで、抗インフルエンザ薬の早期治療により日本の死亡率が極端に低かったことは、日本の成し遂げた偉大な成果として、世界の専門家からも高く評価されています。新型インフルエンザの第1波は、H2、H3、H5、H7、H9等、どの亜型が出現しても、効果が期待できる抗ウイルス薬での予防治療で対応し、ワクチン接種は第2波から、というのがインフルエンザ専門家の常識です。プレパンデミックワクチンでの対処は、インフルエンザの歴史上、今まで一度も行ったこともなく、もしもH5N1が出現しても、有効かどうかは全く不明です。
 新型インフルエンザ等特措法となっているので、新感染症も含んで想定しているのではないのかという点も議論の対象となりましたが、この法律の中では、インフルエンザワクチンに触れているので、特措法はインフルエンザを想定して作られたものであることは間違いないと考えられます。
 外出や集会の禁止、発熱外来、検疫などの方策が法律に盛り込まれていることにも批判が出ました。先のH1N1/09の流行時に、検疫も発熱外来も全く機能しなかったことは明らかです。さらには、電気、ガス、水道の確保等が述べられていますが、インフルエンザ流行により、停電、断水が起こるという事態は、日本のインフルエンザ医療のレベルからすれば、あり得ないことです。「新型インフルエンザは、単なるインフルエンザではない。日本でも数百万人が死亡する。国家存亡の緊急事態であり、地震などの災害やテロ対策と同じような対策が必要である」というような根拠のない死亡数を持ち出し、国民を脅かすことが新型インフルエンザ対策と考えている一部の人々の主導により成立したことは明らかです。
 フロアからの質問で、この法律の問題点だけではなく、この法律の利点は何かないのかという質問がありました。これに対しては、インフルエンザの診療を担当する医療関係者が感染して死亡したときには補償があることが明記された点が評価出来る、と指摘されましたが、それ以外にはなにも利点を上げることは出来ませんでした。百歩譲って、たとえば未知の「新感染症」に対応するためにこの特措法のような法律があることには意義を認めても、「新型」を含むインフルエンザ感染症にこの法律を適用・運用することは全くの誤りであり、かえって社会の大混乱を招くだけであろうことも指摘されました。

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特別発言3「新型ウイルス等特措法の実施について」

松本 慶蔵(長崎大学名誉教授、愛野記念病院名誉院長)

 結論 その実施は必要がない
 理由;その理由を以下に記す。
 私はアジア型と香港型のインフルエンザを基礎面と臨床面の両面から経験したが、当時はある程度の抗生物質も用意され、二次的細菌性肺炎にも対応は十分で、特別な対策を必要とはしなかった。しかし慢性肺気腫や結核後遺症、更に心不全などの患者の感染が基礎疾患の悪化をもたらしたのは、現在と変わらないが、弁膜症などの患者は心臓外科の進歩により現在は少なくなっている。この両時期ともワクチンは流行開始後に製造されたものであった。これらの状況に加え、抗ウイルス薬の発展は現在著しいものがある。従って現今をスペイン風邪の時代と比較することは、完全に誤った認識である。
 現時点でH5N1型インフルエンザの流行が一部で懸念されているが、その流行は香港での発生(1997年)や2003年以来のH5N1高病原性トリインフルエンザ人感染症等が、従来のインフルエンザとは全く異なるものであることを認識する必要がある。しかも2009H1N1型インフエンザが突如汎流行を生じたが、本邦の抗ウイルス薬の早期投与による効果はすぐれ、WHOも是を認め、米国CDCも日本方式治療を推奨していることからも明白である。
 現時点で次の新しい汎流行のウイルスは明白ではないが、H3N2variantも想定されよう。やはり豚の絡んだウイルスである。現在、米国のオハイオ州を中心に豚−人感染が注目されている。現在の日本の状況は、上記のように優れた数種の抗インフルエンザ薬を豊富に保有し、かつインフルエンザの迅速診断薬による診断も普及し、如何なる新しい種類のA型インフルエンザに対する根源的対策も世界トップの状況にある。且つ二次的細菌性肺炎に対する抗菌薬も十分に保有している。以上が私のこの特措法は必要がないとする理由である。
 翻って新型インフルエンザの発生が生じたときは次のように提案する。

  1. 何時、何処で、如何なる程度の新しいインフルエンザが発生したかを、厚生労働省がmediaの協力をえて日本の全域にしらせる。その際、国民に誤った恐怖感を絶対与えない様に留意する。
  2. 医療が前面に立ち、粛々と力を合わせ、治療と流行の拡大を防ぐように努力する。行政は薬剤や診断薬の配置に力を尽くし、流行が何処に広がりつつあるか、県、市町村単位に知らせる体制を確立する。防疫面で努力する(保健所の活用)
  3. インフルエンザの一地域での流行期間は約一ケ月であり、感染者は治癒後免疫を獲得しているので、治癒後の活躍を期待しうる。インフルエンザはself limited diseaseであることを明記すべきである。
  4. 新しいウイルスに対するワクチンの実用化は、パンデミックの始まりから数ヶ月後になるので、流行の核となる幼稚園児や小学生に先ず接種すべきで、医療関係者は抗ウイルス薬を用いて当たるべきであろう。他に接種者に差別など必要がない。対症者治療で十分である。

 以上。

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おわりに

 「緊急討論開催までの経緯」で述べたように、今回の緊急討論の準備には不備な点が多数ありました。勿論、このセミナーは、一定の結論を得るシンポムやパネルディスカッションのようなものではありませんし、お読みいただいてご理解いただけるように各人の考え方には差があります。しかしながら、今回の新型特措法が大きな問題を孕んでいることはご理解いただけたと思いますし、それ以上に、このような法律が世界各国を見回しても何処にも存在しないことは明記しておくべきです。法律を作られた方々からは「万が一の時に備える伝家の宝刀のような法律であり、滅多やたらに運用するものではありません」との説明も頂きましたが、万が一ならまだしも、残りの9,999回の際に抜く(=運用を開始する)ようなことがあってはならず、抜いてしまってはわが国に大混乱が起こり、むしろ被害を大きくしかねないことも考えられます。成立してしまった法律ではありますが、皆さんでもう一度熟考すべき法律であることに間違いはなく、今回の緊急討論がそのきっかけになれば誠に幸いです。

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