日本感染症学会

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多剤耐性アシネトバクター院内感染事例の報告を受けて

最終更新日:2010年9月7日

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1.アシネトバクターは広く環境に存在する細菌です。

院内環境を含め、アシネトバクターは広く自然界に存在する細菌です。特に院内の床などの環境から高率に分離されることが知られています。また、医療従事者の皮膚からも分離される頻度の高い細菌です。ただし、そのほとんどは抗菌薬に感受性を示すアシネトバクターです。

2.乾燥した環境でも長期間生存できることが特徴です。

アシネトバクターはブドウ糖非発酵のグラム陰性桿菌ですが、グラム陰性桿菌としては珍しく乾燥した環境で長期間生存できることが知られています。臨床分離されたアシネトバクターが3週間以上にわたって乾燥した環境で生き残ったという成績も報告されています。この特徴が、アシネトバクター属細菌が院内感染の原因菌となりやすい重要な要因となっており、海外において多数のアシネトバクター院内感染事例が報告されています。

3.病原性が強いのはAcinetobacter baumanniiです。

アシネトバクター属細菌には30菌種以上が知られていますが、ヒトの感染症原因菌として分離されるのはほとんどがA. baumanniiです。ただし、なぜ本菌が感染症の原因となりやすいのか、本菌の病原性と感染発症との関連に関してはまだ良くわかっていません。

4.肺炎、尿路感染症、敗血症、創部感染症などの原因となります。

上記のように、本菌は院内環境に広く存在し、また乾燥環境で長期間生存することから、各種感染症の原因となることが報告されております。特に、人工呼吸器装着患者に発生する人工呼吸器関連肺炎(Ventilator-associated pneumonia:VAP)の原因としての重要性が指摘されています。その他に尿路や血管留置カテーテルの汚染による感染症、創部感染症の原因となることが知られています。ただし、健常人に感染を起こすことは稀であり、その多くは日和見感染症として発症します。

5.多剤耐性菌はカルバペネム剤、アミノグリコシド剤、フルオロキノロン剤に耐性を示します。

これまで多剤耐性菌というと多剤耐性緑膿菌(multiple drug resistant Pseudomonas aeruginosa:MDRP)が大きく取り上げられてきました。多剤耐性アシネトバクターもMDRPと同様に、上記3系統の薬剤に対して同時に耐性を示します。多剤耐性アシネトバクターを定義する世界的な基準は示されておりませんが、基本的にはMDRPに準じた抗菌薬および抗菌薬濃度を用いて感受性が評価されることが多いようです。

6.多剤耐性アシネトバクターに対してはコリスチンやチゲサイクリンの抗菌活性が強いです。

多剤耐性アシネトバクター感染症が発症した場合には、宿主の易感染性とも相まって、高い死亡率を示すことが知られています。本菌感染症に対しては基本的には併用療法が実施されることになります。具体的にはβラクタム剤+アミノグリコシド剤などが使用されることが多いかと思いますが、その有効性に関しては十分なエビデンスは得られていません。多剤耐性アシネトバクターに対して抗菌活性が強い薬剤としてコリスチンとチゲサイクリンが知られていますが、両剤とも現在日本では承認されていません。MDRP感染症に対する有効性からコリスチンの個人輸入を行っている施設がありますが、一般の医療機関でこれを使用できる状況にはありません。

7.多剤耐性アシネトバクターが2症例から分離されたら院内感染を疑うべきです。

現在のところ、本邦で多剤耐性アシネトバクターが分離されることは極めて稀です。したがって、同一施設において2例続けて本菌が分離された場合には、院内伝播の可能性を考えて対応することが重要です。前述したように、本菌は院内の乾燥環境で長期間にわたって生存することから、床・ドアノブ・床頭台・カーテンなどを含め院内環境の消毒を実施することが必要です。基本的に、アルコール消毒などの通常の消毒剤が本菌の殺菌に有効です。

2010年9月7日

多剤耐性菌院内感染対策ワーキンググループ
賀来 満夫
舘田 一博

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