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多剤耐性菌情報

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NDM-1およびNDM-1産生菌の特徴

1.NDM-1はβラクタム剤を分解するβラクタマーゼの1つです。

細菌はβラクタム剤を分解する酵素(βラクタマーゼ)を産生することにより本剤に対して耐性を獲得します。そのβラクタマーゼには多数の種類が知られていますが、この中でNDM-1はクラスBβラクタマーゼ(メタロβラクタマーゼ)に分類されるものの1つです。本酵素のもっとも重要な特徴は、ペニシリン・セフェム剤からカルバペネム剤まで全てのβラクタム剤を分解する、すなわちβラクタム剤全てに耐性をもたらす耐性因子であることです。

2.インド・パキスタン・バングラデシュなどでNDM-1産生菌の出現が報告されています。

NDM-1を産生する菌は、2009年にインドから帰国したスェーデン人からはじめて分離されました(Antimicrob Agents Chemother 53:5046-54, 2009)。その後の報告で、インドやパキスタン・バングラデッシュにおいてNDM-1産生菌が蔓延している可能性が指摘されています(Lancet Infect Dis 10:597-602, 2010)。NDM-1の名前の由来は、“ニューデリーで分離されたメタロβラクタマーゼ(New Delhi metallo-β-lactamase)”からきています。インドに旅行した人が持ち込んだと思われるNDM-1産生菌がイギリス国内で拡散し、大きな社会問題として取り上げられています。この他、米国、オーストラリア、カナダ、ベルギーなどでも相次いで分離が報告され世界的な問題として認識されつつあります。

3.NDM-1と同じクラスのβラクタマーゼを産生する菌はすでに日本で多数報告されています。

前述したようにNDM-1はメタロβラクタマーゼの1つです。実はこのメタロβラクタマーゼを産生する菌はこれまでに本邦においても多数報告されていました。もっとも多く報告されているメタロβラクタマーゼ産生菌は緑膿菌とアシネトバクターであり、特に多剤耐性緑膿菌においてはその70%がメタロβラクタマーゼ産生との報告もみられます。ただし、緑膿菌が保有するメタロβラクタマーゼはIMP型あるいはVIM型と呼ばれるもので、今回問題となっているNDM-1を産生する緑膿菌は本邦では分離されていません。

4.NDM-1遺伝子が大腸菌や肺炎桿菌から検出されていることが問題です。

今回のNDM-1産生菌報道においてもっとも重要なポイントは、この酵素を産生する菌が大腸菌や肺炎桿菌から分離されている点です。これまでもメタロβラクタマーゼを産生する菌が分離されていたことは上述した通りですが、それは主に緑膿菌やアシネトバクターなどの日和見細菌に認められていました。大腸菌や肺炎桿菌はこれら日和見細菌に比べ病原性が高く、市中の免疫能が保たれた患者の感染症の起因菌としてしばしば分離されます。また、大腸菌や肺炎桿菌は腸内細菌としてヒトの腸管内に常在している細菌です。このような事実から、NDM-1産生菌が院内だけでなく、市中感染として蔓延していくことが危惧されています。腸内細菌におけるNDM-1産生菌の出現が、自然界におけるメタロβラクタマーゼ遺伝子の蔓延のきっかけになるのではないかと心配されているのです。

5.NDM-1産生菌に感染した人の死亡率が高い訳ではありません。

NDM-1産生菌の病原性が通常の菌に比べて明らかに高いという報告は現時点ではありません。“スーパー細菌”という表現がみられますが、NDM-1遺伝子の存在は薬剤耐性に関して多剤耐性という特徴を付与しますが、基本的に病原性を変えるものではありません。しかも、感染する人の多くが健常人であり、宿主の感染防御能が保たれていることも幸いします。ただし、免疫不全宿主にNDM-1産生菌が感染した場合には、日和見感染症の1つとして治療に抵抗性を示す可能性は高まります。また、NDM-1遺伝子がサルモネラ菌や赤痢菌などのより病原性が強い菌に伝播・蔓延した場合には、重症・難治例が増加するのではないかと危惧されています。

6.NDM-1産生菌の検出には注意する必要があります。

前述したように、NDM-1はメタロβラクタマーゼの1つです。通常、メタロβラクタマーゼの検出にはSMA試験(メルカプト酢酸ナトリウムによるメタロβラクタマーゼの阻害)が用いられます。しかし、まだ理由は良く分かっていませんが、NDM-1産生菌ではSMA試験が陰性になる可能性が指摘されています。したがって、大腸菌や肺炎桿菌などの腸内細菌科でカルバペネム剤に耐性を示す株が分離された場合には、たとえSMA試験が陰性であっても、NDM-1産生の可能性を考えて対応することが重要です。NDM-1産生菌かどうかの最終的な確認のためには専門施設での遺伝子検査が必要になります。

7.NDM-1産生菌に対してはコリスチン・チゲサイクリンの抗菌活性が強いです。

これまでに分離されたほとんどのNDM-1産生菌は、他の耐性遺伝子を同時に保有することでカルバペネム剤を含む全てのβラクタム剤に耐性であるとともに、アミノグリコシド剤やフルオロキノロン剤に対しても同時に耐性を示すことが報告されています。前述したように、NDM-1産生菌による感染症の多くが健常人における市中感染としてみられることから、中等度耐性程度の薬剤であっても臨床効果が期待できる可能性があります。分離された菌の抗菌薬感受性をみながら、併用療法などを考慮することも重要です。これまでに報告されたNDM-1産生株の薬剤感受性成績からは、本邦では未承認のコリスチンやチゲサイクリンの強い抗菌活性が確認されています。

8.インド・パキスタン・バングラデッシュなどからの帰国者には注意する必要があります。

前述したように、NDM-1産生菌の多くは大腸菌や肺炎桿菌です。こられの細菌は腸内の常在細菌叢を形成する細菌であり、知らず知らずのうちに宿主の腸管内に紛れて国内に持ち込まれる可能性があります。インド・パキスタン・バングラデッシュなどの流行地からの帰国者は、NDM-1産生菌を腸管内に保菌している可能性も考えておく必要があります。腸管内のNDM-1産生菌がすぐに感染症の原因にはなりませんが、糞便などを介して本菌が伝播される可能性はあります。NDM-1産生菌に対する院内感染対策として特別なものはありません。手洗いや手袋の適切な使用など標準予防策の徹底がもっとも重要であり、もしNDM-1産生菌が分離された場合には他の多剤耐性菌と同様に接触感染予防策の対象となります。

9.NDM-1産生菌のサーベイランスが必要です。

現時点での本邦におけるNDM-1産生菌の分離は1例のみです(2010年9月8日現在)。しかし、前述したように、NDM-1産生株が人の腸管内に潜在してすでに多数持ち込まれている可能性も否定できません。NDM-1産生株の分離頻度がこれからどのように推移していくのか、他の細菌へのNDM-1遺伝子の蔓延が進行しないか、施設・地域そして全国規模の耐性菌サーベイランスを強化・徹底していくことが重要になると思われます。

2010年9月8日

多剤耐性菌院内感染対策ワーキンググループ
賀来 満夫
舘田 一博