一般社団法人 日本感染症学会
powered byGoogle
The Japanese Association for Infectious Diseases

インフルエンザ 関連情報
蚊媒介感染症
多剤耐性菌 関連情報
院内感染対策Q&A
“e-Consultation”症例相談コーナー
感染症セミナー 開催案内/Web申し込み
災害と感染症対策

ホーム多剤耐性菌情報 > 一般の方への情報提供:多剤耐性菌を正しく理解するためのQ&A

多剤耐性菌情報

多剤耐性菌情報一覧に戻る

一般の方への情報提供:多剤耐性菌を正しく理解するためのQ&A

はじめに

最近、報道が続いている多剤耐性菌の感染事例を受けて、日本感染症学会では一般の方向けに情報提供をさせていただきます。多くの耐性菌の名前が出て、死亡例も報告されていることから、多くの方々は混乱や不安をお感じのことと思います。ただし大切なことは、正しい知識を持って対応することであり、不必要に恐れたり、過剰な反応を示さないことです。耐性菌に関する状況はこれからも変化する可能性はありますが、現在の状況と今後の対応を踏まえて、Q&A形式で解説を加えさせて頂きます。なお、個々の多剤耐性菌の解説は本学会ホームページの該当する項目をご参照ください。

Q:多剤耐性菌とはどういう菌のことをいうのでしょうか?

A:多剤耐性菌とは、多くの抗菌薬(抗生物質)に耐性を獲得した菌のことです。私達は感染症にかかってもその治療薬として抗菌薬を使うことができれば、菌は死んでしまい、その後症状も回復します。たとえ菌がある抗菌薬に耐性を獲得してしまい治療に使えなくなったとしても、抗菌薬は多くの種類がありますので他の抗菌薬を使って治療することが可能です。しかし、多剤耐性の菌に感染してしまった場合、使える抗菌薬の種類はかなり限定されてしまいますので、耐性でない菌に比べれば治療が困難になることは事実です。なお、報道などで表現されている“ほとんどの抗生物質に耐性を示す”ような多剤耐性菌であっても、まだ一部の抗菌薬は使用可能なので、全く治療の手段が無いわけではありません。多剤耐性菌といっても多くの菌名に分けられ、腸内細菌科に属する大腸菌や肺炎桿菌、エンテロバクターなどの菌、ブドウ糖非発酵菌と呼ばれるグループに属する緑膿菌やアシネトバクターなどの菌、さらに黄色ブドウ球菌や腸球菌などが代表的で他にも多くの菌種があります。

Q:多剤耐性菌は誰でも感染してしまうのでしょうか?

A:多剤耐性でなければ我々の身の回りに存在していたり、体の中に常在菌として持っている菌も少なくありません。しかし多剤耐性菌は通常の菌と比べればまれにしか存在しないので、私達が日常の生活を行う上で、このような多剤耐性菌に感染する可能性はあまりありません。もし多剤耐性菌が体内に入ったとしても、ほとんどの人は何の症状も示さず、菌もやがて体からいなくなってしまう場合も多いと考えられています。
 ただし多剤耐性菌を持った方が抗菌薬による治療を受けると、体の中で常在菌が少なくなり、代わりに多剤耐性菌が増えてしまいます。また入院中の患者さんは治療を行う上で血管カテーテルや尿道カテーテルなどが挿入されていたり、人工呼吸器で管理されているなど感染を起こしやすい要因も持っています。さらに体の免疫力が低下した状態では、菌を簡単に排除することができなくなり、さまざまな感染症を起こしてしまう可能性が高くなります。つまり多剤耐性菌による感染症はいきなり誰にでも起こるわけではなく、菌が増えやすい状態で、さらに体の抵抗力が低下しているなど、いくつかの条件を満たした場合に起こりやすくなります。

Q:多剤耐性菌は抵抗力が弱った人にだけ感染すると考えていいのでしょうか?

A:先に述べたように多剤耐性菌といっても多くの菌の種類があります。通常、緑膿菌やアシネトバクターなどは体の抵抗力が弱った人にしか感染を起こしません。しかし普段は健康な方であっても大腸菌などで膀胱炎を起こしたり、黄色ブドウ球菌で傷口が化膿することなどはまれではありません。現時点ではまだ頻度が少ないためにあまり大きな問題になっていませんが、今後、健康な方でも感染症を起こしてしまうような菌で多剤耐性の菌が一般の人々の間にも広がると深刻な問題になる可能性は十分にあります。

Q:多剤耐性菌はどうやって感染が広がるのですか?

A:通常、多剤耐性菌は“接触感染”という形式で感染が広がります。つまり感染した人に直接触ったり、あるいは環境にいた菌に触れて感染するパターンです。これはインフルエンザウイルスが“飛沫感染”で広がるのと比べるとわかりやすいのですが、インフルエンザが離れた人にもくしゃみなどの飛沫(しぶき)で感染する可能性があっても、多剤耐性菌に感染した人がそのように遠くまで菌を直接広げることはありません。しかし医療スタッフの手に菌が付着した状態であれば、他の患者に菌をうつしてしまう可能性は少なくありません。また菌が病室などの環境中に広がった場合、それを他の人が触って菌に感染する可能性もあります。

Q:多剤耐性菌に感染しているかどうかはどうしてわかるのでしょうか?

A:もし誰かが多剤耐性菌を体の中に持っていたとしても、それだけでは発熱などの症状が出るわけではありませんので、外見からは何も判断はできません。もし多剤耐性菌の有無を調べようと思ったら、その人から検体を採取して培養し、発育してきた菌を調べる必要があります。病院に入院される患者さんはなんらかの病気を持って治療を受けているわけですが、感染症が疑われない限り、通常は患者さんに細菌培養の検査を行うことはありません。しかしもし何らかの感染症が疑われれば培養検査が実施され、それによって多剤耐性菌の存在が確認されることになります。

Q:もっと積極的な検査が必要なのではないでしょうか?

A:確かに耐性菌を持っているだけでは何の症状も認めませんので、耐性菌の存在を確認しようと思ったら積極的な検査が望まれます。ただしどの範囲までその対象を広げるのかが難しい判断です。例えばもし医療機関を受診される全ての患者さんに培養検査を行えば多剤耐性菌の存在は今よりも確実にわかりやすくなると思います。しかし多剤耐性菌の種類は数多くあり、全ての多剤耐性菌を対象として検査を行うのは簡単ではありません。また体のどこに菌を持っているかわかりませんので、一人の患者さんからいくつも検体を採取する必要があります。さらに入院時だけ検査を行って陰性だったとしても、入院後に新たに多剤耐性菌を持つようになる可能性があり、それをいつ検査すればいいのかは確定できません。
 もしこれらのことを度外視して徹底的に検査を実施したとしたら、ほとんど陽性者は出ないにもかかわらず、かなりのコストと手間をかけなければいけなくなります。そこで現実的な対応としては、過去にすでに多剤耐性菌が分離された方や、入院歴があって抗菌薬による治療を受けた方など多剤耐性菌の感染リスクが高い方をまず対象として検査を実施することが妥当と思われます。また、病院の中でまれな多剤耐性菌が分離された場合、院内での広がりを確認するために同じ病室や病棟の患者を対象として検査を実施することがあります。

Q:多剤耐性菌が分離されれば全員治療を受けるのですか?

A:多剤耐性菌が分離されたとしても、全ての人が治療の対象となるわけではありません。重要なのはたとえ菌がある人から分離されたとしても、その菌が本当にその人の体の中で悪さを働いているかどうかという点です。もちろん肺炎や敗血症など重症な感染を起こしていれば使用可能な抗菌薬を投与して積極的に治療を行う必要があります。しかし本人は何の症状もなく、ただ単に便から菌が分離されたというだけであれば、抗菌薬投与の対象になることは通常ありません。このように菌を体のどこかに持っていて何の症状もない状態を“保菌(ほきん)”と呼んでいます。その一方で、菌が実際に体の中で増えて悪さをしている状態を“感染症”と呼びます。保菌と感染症を区別することはときに難しい場合もありますが、たとえ菌が分離されたとしても全ての方が治療の対象とはならないことをご理解ください。

Q:多剤耐性菌で感染症を起こしていたら治療は可能なのでしょうか?

A:感染症にかかったらいつでも抗菌薬が必要というわけではなく、軽症の感染症であれば私達は体の抵抗力(免疫)によって菌を押さえ込んでいます。例えば皮膚が化膿した場合などでは、その部分を切開して膿を出せば、抗菌薬を使わなくてもやがて直ります。しかし抗菌薬が使えないと感染が治りにくかったり、重症化しやすい場合は、たとえ治療が難しくても積極的に治療を行う必要があります。
 多剤耐性菌と一言でいってもいろいろな菌が含まれており、使える抗菌薬の候補がいくつも挙げられる菌もあれば、ほとんどない菌もあります。もし使える抗菌薬がほとんどない菌に感染してしまうと、治療上問題です。使える抗菌薬が全くないわけではありませんが、その抗菌薬が国内で市販されていなかったり、まだ承認が得られていない場合もあります。そうなると事実上、使用可能な抗菌薬がない、ということになってしまいます。

Q:多剤耐性菌による院内感染は病院の責任なのでしょうか?

A:多くのマスコミは多剤耐性菌による院内感染が起こった場合、病院側の医療ミスという前提で報道されるパターンが多いと思われます。ただし“院内感染”という言葉のとらえ方自体が医療関係者と一般の方々とではもともと異なっているので、まずはその違いを明確にしなければいけません。“院内感染”の一般的な定義は、入院後48時間以降に起こった感染、というものであり、何らかの病気を持った方が入院後に起こした感染というとらえ方を医療関係者はしています。院内感染の原因となった菌は、入院後に病院内で感染した場合もありますが、患者さん自身が菌を保菌した状態で入院してこられる場合もあります。つまり入院後に多剤耐性菌による感染症が起こったとしても、全てが病院内で新たに感染したとは限らないのです。また医療行為を行う上で、感染症のリスクが高まることは避けられないことですので、入院後に起こるいわゆる“院内感染”はどんなにがんばってもゼロにすることはできません。
 ただしごくまれにしか分離されない多剤耐性菌による感染者がひとつの病院内で多数発生した場合、感染者が全員保菌状態で入院してくる確率は頻度的にかなり低くなりますので、このような事例では病院内で多剤耐性菌が広がってしまった可能性が高くなります。院内での多剤耐性菌の流行(アウトブレイク)が起こらないように医療機関では常に感染防止策の徹底を心がける必要があります。しかしたとえ十分と思われるレベルの感染防止策を実施していたとしても、目に見えず、何ら症状を示さない多剤耐性菌による院内での流行は完全に防げるわけではありません。もし不幸にして院内での流行が発生してしまった場合には、病院としてどのように耐性菌による感染防止策に取り組んでいたのかを検証し、問題点が指摘されればすぐに改善する必要があります。

Q:抗生物質の乱用も多剤耐性菌が増える原因なのではないですか?

A:抗生物質(抗菌薬)を使用すれば耐性菌が出現する可能性は高くなります。かといって耐性菌を恐れて抗菌薬の使用を極端に控えてしまうと、ときに重症の感染症に陥る人も出てきます。そこで大切なのは抗菌薬を適正に使用することです。医師は抗菌薬の効果を十分に引き出しながら、その一方で耐性菌を生まないように配慮して抗菌薬の使用を行う必要がありす。また抗菌薬を処方された方も、指示された通りにきちんと内服を行うことが大切です。自分で勝手に判断して薬の量や回数を減らしたり、途中で辞めてしまえば、治療効果が得られないだけでなく、耐性菌を生み出しやすくなりますので注意しましょう。

Q:私達はどうやって多剤耐性菌から身を守ればいいのでしょうか?

A:先に述べたように、一般の方が日常生活を送る上で、多剤耐性菌による感染症を起こす可能性はまれですし、特にこれといった有効な手段があるわけではありません。手洗いなどの衛生管理が無効とはいいませんが、現実的にそれをしっかり守っていれば大丈夫というわけではありません。
 むしろ多剤耐性菌の流行地でさらに感染しやすいような状況に陥らないようにしなければいけません。東南アジアを始め世界の一部の地域では現在問題となっているような多剤耐性菌が日本よりもかなり多く分離されている国もありますので、そのような地域に旅行して、さらに病院などで治療を受けた場合などでは、感染のリスクも高くなってきます。美容整形などを目的として、意図的に外国で治療を受けることはあまりお勧めしません。

Q:多剤耐性菌は今後も増えていくのでしょうか?

A:抗菌薬が無効な耐性菌は毎年世界各地で報告されています。多剤耐性菌についても世界のどこかで発生した後で、いろいろな地域に広がっていきます。今回の報道に取り上げられているような多剤耐性菌も多くは海外から持ち込まれた可能性が高いと思われますが、このような菌の持ち込みを確実に防ぐ手段は我々は持ち合わせていません。また国内でも新たな耐性菌が発生する可能性も十分にあります。いったん発生した多剤耐性菌は少しずつ広がっていきます。耐性菌はインフルエンザのような爆発的な流行を起こすことはありませんが、逆に感染者が減っていく可能性も低いため、多剤耐性菌による感染症は今後も増えていく可能性が高いと思われます。

2010年9月14日

多剤耐性菌院内感染対策ワーキンググループ
賀来 満夫
舘田 一博
松本 哲哉