日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年7月23日

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中東呼吸器症候群(MERS)

病原体

コロナウイルス科ベータコロナウイルス属のMERS(Middle East respiratory syndrome)コロナウイルスによる。

感染経路

ヒトコブラクダがMERSコロナウイルスを保有しており、ヒトコブラクダとの濃厚接触がヒトへの感染リスクであると考えられている。ヒト-ヒト感染の効率は高くないと考えられるが、家族間や、医療機関における限定的なヒト-ヒト感染(医療関連感染)も報告されている。一部の患者から予想を超えて多くの二次感染が起こる「super spreading現象」も報告されている

流行地域

2019年3月末時点で、世界で2,399人の確定患者のうち2,008人(83.7%)はサウジアラビアからの報告である。その他、地域での発生が確認されているのは、アラブ首長国連邦、ヨルダン、カタール、オマーン、クウェートなど中東地域の諸国に限られる。ヨーロッパや東南アジアからも報告があるが、いずれも流行地域で感染したと思われる例である。2015年に韓国で186人の感染があったが、これも中東から帰国した1例に端を発した医療現場でのアウトブレイクである。

発生頻度

現時点では、患者発生は上記の中東の上記諸国に限定している。

潜伏期間・主要症状

潜伏期間は2-14日(中央値は5日程度)。無症状例から急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を来す重症例まである。発熱、咳嗽等のインフルエンザ様症状から始まり、急速に肺炎を発症し、しばしば呼吸管理が必要となる。下痢などの消化器症状のほか、多臓器不全(特に腎不全)や敗血症性ショックを伴う場合もある。

予後

致死率は34%と極めて高いが、報告されていない軽症例や不顕性感染例もある。高齢者および糖尿病、腎不全などは重症化のハイリスクである。

感染対策

本症は致死率が高く、特異的な治療薬・予防薬が無いこと、また一部の症例でsuper spreading現象が見られることから、医療現場で感染患者をケアする場合は、レベルの高い感染防護策が求められる。米国CDC(疾病予防管理センター)は、全例に接触予防策と空気予防策を導入すべきであるとしている。特にICUなどでの感染に注意が必要である。医療施設外での感染対策としては、流行地域ではラクダとの接触を避け、手指衛生などに配慮する事が勧められる。十分に加熱されていないラクダの乳や肉を食すことも避ける。

法制度

感染症法上の2類感染症に指定されている。医師は、MERS確定例、無症状病原体保有者、疑似症患者を診断、もしくは感染症死亡者、感染症死亡疑い者の死体を検案した場合は直ちに最寄りの保健所に届け出る。また、疑似症と診断された患者は、保健所が感染症指定医療機関に移送する。

診断

現時点では、患者発生地域が限局していることから、流行地への渡航歴があることや、ヒトコブラクダとの接触の有無から本疾患を疑う事ができる。確定診断は、感染症法上の届出基準に基づいて実施する。すなわち、鼻腔吸引液、鼻腔拭い液、咽頭拭い液、喀痰、気道吸引液、肺胞洗浄液、剖検材料などを材料として、分離・同定による病原体の検出もしくは検体から直接のPCR法による病原体の遺伝子の検出により診断する。検査は通常医療機関では実施できないので、まず保健所に相談する。

診断した(疑った)場合の対応

最寄りの保健所に連絡し、指示を受ける。自施設に滞在中は、個室に収容し、上記の感染対策を開始する。

治療(応急対応)

現時点でヒトに対して有効性と安全性の確立した治療薬はない。対症療法を行う。

専門施設に送るべき判断

本感染症の患者もしくは疑似症患者には、法に基づく入院勧告がなされ、特定、第一種あるいは第二種感染症指定医療機関のいずれかに入院となる。自施設が感染症指定医療機関でない場合は、保健所の指示により転送させる。

専門施設、相談先

最寄りの保健所に相談する。転送する感染症指定医療機関と事前に情報交換する。

役立つサイト、資料

  1. 厚生労働省. 中東呼吸器症候群(MERS)について.
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/mers.html
  2. WHO. Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV).
    https://www.who.int/emergencies/mers-cov/en/
  3. 厚生労働省. 感染症法に基づく医師および獣医師の届出について. 中東呼吸器症候群(MERS).
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-12-02.html
  4. CDC. Interim infection prevention and control recommendations for hospitalized patients with Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV).
    https://www.cdc.gov/coronavirus/mers/infection-prevention-control.html

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

防衛医科大学校内科学講座(感染症・呼吸器) 川名明彦

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