日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年7月23日

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糞線虫症(Strongyloidiasis)

病原体

Strongyloides stercoralis

感染経路

感染幼虫に汚染された土壌から経皮的に幼虫が侵入することによる。ヒト体内に侵入した幼虫は血流やリンパ流に乗って心臓、肺へ達し、肺胞内から気管をさかのぼり嚥下され小腸上部で成虫になる。成虫から産卵された虫卵は消化管を下る間に幼虫に孵化し、大部分の幼虫は便とともに体外中に排出される。一部の幼虫は感染性を持ち腸管粘膜や肛門周囲の皮膚から再度ヒト体内に侵入して感染が成立し、ヒト体内で生活環が維持されるサイクルがある。これを自家感染と呼ぶ。

流行地域

熱帯・亜熱帯地域で流行し、温帯地域でも発生がみられる。日本では九州南部、沖縄・奄美地方が浸淫地であるが新規感染者は発生していない。

発生頻度

正確な感染者数は不明だが、世界で3,000万人から1億人が感染しているとされる。日本では浸淫地である沖縄県では60歳以上で約25,000人の感染者がいると推定されている。

潜伏期間・主要症状・検査所見

症状は感染した糞線虫の存在部位、虫体数による。経皮的に侵入した幼虫による皮膚爬行疹(creeping eruption)がみられることがある。その後、1週間ほどして幼虫が肺へ移行すると一過性の肺炎症状が認められる。乾性咳嗽、呼吸困難感、喘鳴、血痰、咽頭違和感などがみられる。時に発熱を伴う細菌性肺炎様の症状と画像所見に矛盾しないこともある。感染から2~3週間後に腸管に到達すると、寄生数が多い場合には腹痛、下痢、食思不振、嘔気、嘔吐などがみられる。自家感染によりヒト体内で糞線虫の生活環は維持され保虫状態が続くが、宿主の免疫により寄生数が抑えられるため問題になることは少ない。しかし成人T細胞性白血病ウイルス(HTLV-1)感染者や免疫抑制剤(ステロイド、抗リウマチ薬など)、抗癌剤を使用している患者で細胞性免疫が低下した状態になると自家感染に拍車がかかり、寄生数が爆発的に増加する。過剰感染状態で皮膚、呼吸器、消化器症状が顕在化し、さらに腸管から糞線虫と共に大量の腸内細菌が体内に散布されると敗血症や肺炎、髄膜炎などを合併し播種性糞線虫症と呼ばれる重篤な状態となる。以前はHIV感染者が播種性糞線虫症のリスクであるとされていたが、最近はそのリスクは低いと報告されている。検査所見で特異的なものは存在しないが、糞線虫の標的となる臓器の症状、画像所見に末梢血好酸球増多を伴う場合には本症を想起する。

予後

適切な治療を行えば予後は良好である。播種性糞線虫症の致死率は高い。

感染対策

標準予防策で対応可能であるが、排泄介助やおむつを必要とする患者、消化器症状を伴う過剰感染、播種性糞線虫症例では接触予防策が必要である。

法制度

特記なし。

診断

糞線虫の確定診断は、糞便中の虫体を証明することによる。感染虫数が多い場合には糞便検査(直接塗抹法)による検鏡で幼虫が認められる。普通寒天平板培地法の感度が最も優れており、検鏡と併用すると良い。播種性糞線虫症の場合は喀痰、気管支洗浄液や胃液、胸水、腹水などから虫体が見つかる。血清の特異抗体を検出する免疫診断もある。
糞線虫の過剰感染、播種性患者を診た場合には成人T細胞性白血病ウイルス(HTLV-1)、HIV感染、リンパ腫などの基礎疾患の有無を検索する。浸淫地出身者に免疫抑制や抗癌剤を投与する際には、糞線虫保虫者の可能性があるため感染の有無を調べ、陽性の場合は駆虫を行う。

診断した(疑った)場合の対応

イベルメクチンの経口投与を行う。

治療(応急対応)

イベルメクチンの経口投与を行う。

専門施設に送るべき判断

播種性糞線虫症の場合は高度医療機関への搬送が望ましい。

専門施設、相談先

感染症科の存在する医療機関。
日本寄生虫学会では寄生虫病に関する診断・治療のコンサルテーションを受け付けている(医療従事者限定、http://jsp.tm.nagasaki-u.ac.jp/academic/consultation/)。

役立つサイト、資料

  1. 吉田幸雄ほか、図説 人体寄生虫学、改訂8版、南山堂、2011年。126-7.
  2. 熱帯病治療薬研究班。寄生虫症薬物治療の手引き2019.https://www.nettai.org/資料集/
  3. CDC, Strongyloidiasis, DPDx - Laboratory Identification of Parasites of Public Health Concern. https://www.cdc.gov/dpdx/strongyloidiasis/index.html
  4. Marc OS, et al. Is Human Immunodeficiency Virus Infection a Risk Factor for Strongyloides stercoralis Hyperinfection and Dissemination? PLoS Negl Trop Dis. 2012 Jul;6(7):e1581

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

東京都保健医療公社荏原病院 感染症内科 佐原利典

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