日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年7月23日

インバウンド感染症の感染対策

感染対策の基本

1.標準予防策(standard precautions)

すべての血液、体液、(汗を除く)分泌物、排泄物、傷のある皮膚・粘膜は、感染性病原体を含む可能性があるという原則に基づく感染対策である。基本は手指衛生(擦式アルコール消毒薬か、流水と石鹸を用いる)と、予想される曝露に応じた手袋、ガウン、マスク、目の防護具(ゴーグル、フェイスシールド)の着用である。また、咳、痰など呼吸器症状のある患者にはサージカルマスクを付けさせ、医療従事者もマスクを着用すること(咳エチケット)も標準予防策に含まれる。針刺し防止も標準予防策に含まれる。

2.感染経路別予防策

①接触予防策(contact precautions)
医療従事者は、患者または患者周囲の汚染されている環境との接触に際し、ガウン(エプロン)と手袋を着用する。手袋を外した後は手指衛生を行う。患者は個室収容が望ましい。
②飛沫予防策(droplet precautions)
医療従事者は、患者のケアをおこなう際、サージカルマスクを着用する。飛沫を目に浴びる可能性がある時は目の防護(ゴーグル、フェイスシールド)を着用する。患者は個室収容が望ましい。患者は他者と1m以上の距離を開ける。
③空気予防策(airborne precautions)
患者は陰圧個室(空気感染隔離室;AIIR)に収容する。医療従事者は、N95マスク規格以上の高性能マスクを着用する。陰圧個室が無い場合は、可能なら患者にサージカルマスクを付け、個室に収容してドアを閉める。
なお、接触、飛沫、空気のすべての感染経路別予防策をとる必要がある場合、本項では「全経路別予防策」と記した。この場合、N95マスク、ゴーグル、ガウン、手袋をすべて着用して診療にあたる(ウイルス性出血熱など、全身を覆う防護服の着用が推奨される疾患もある)。

症状から見た経験的予防策

感染症が疑われる患者の診療をする場合、適切な感染対策を行うことは大変重要である。しかし通常、初診の段階では病原体は未確定なので、病原体特異的な感染対策をとることができない。このような場合、臨床症状から想起される病原体をカバーする感染対策をあらかじめ行うことにより感染リスクを軽減する(empiric precautions;経験的予防策)。臨床症状から考えられる疾患と、その感染対策を図に示した。必ずしもCDCガイドライン等と一致しないものもあるが、感染症の重篤度やインパクトを加味し、日本の現状に合わせ、また各論と矛盾の無いようにまとめた。これらを参考に施設ごとで可能な予防策を検討、準備しておくと良い。
症状ごとにとるべき経験的予防策は以下の通り。診察前に患者に予診表を記入させ症状などを把握することも早期対応の一案である。

1.「発熱+非特異的症状(頭痛、関節痛、筋肉痛など)」の場合

図:発熱+非特異的症状(頭痛、関節痛、筋肉痛など)
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大部分の疾患は標準予防策で対応可能である。下痢症状を伴う場合は接触予防策を、また呼吸器症状を伴う場合は飛沫予防策を併用する(下記、34参照)。

2.「発熱+呼吸器症状」の場合

図:発熱+呼吸器症状
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咳嗽、喀痰など呼吸器症状を認める患者には、標準予防策(咳エチケット)としてサージカルマスクを付けさせる。ケアする医療従事者は飛沫予防策をとる。胸部画像上の陰影がある場合や、2-3週間続く咳、出身地域などから、結核の可能性があると考えられる時は空気予防策をとる。病歴、接触歴からMERSや鳥インフルエンザのような特殊な疾患が疑われる場合は、接触、飛沫、空気の全経路別予防策を行う。

3.「下痢」の場合

図:下痢
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下痢(や嘔吐)などの消化器症状が強い患者や、おむつが必要な患者には、ケア開始時から接触予防策をとる。ノロウイルスなどウイルス性下痢症が疑われる場合には飛沫予防策を併用する。

4.「発熱+皮疹」の場合

図:発熱+皮疹
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概ね標準予防策で対応可能であるが、皮疹から浸出液や血液が出ている場合は、標準予防策として手袋をつける。病変が広範な場合や下痢症状がある場合は接触予防策をとる。麻疹、水痘が疑われる場合は、接触予防策に加え、空気予防策をとり、これらに免疫がない職員はケアからはずす。

5.「発熱+急性神経症状(意識障害、巣症状、痙攣)」の場合

図:発熱+急性神経症状(意識障害、巣症状、痙攣)
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概ね標準予防策で対応可能である。髄膜炎ベルト地域からの来訪者には飛沫予防策、接触予防策をとる。肺病変が見られた場合は、結核性髄膜炎の可能性も考え、空気予防策をとる。

6.バイオテロを疑う場合

図:バイオテロを疑う場合
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バイオテロのリスクの高い病原体で発症する感染症の多くは、標準予防策と接触予防策、飛沫予防策で対応できるが、ウイルス性出血熱や天然痘は空気予防策の追加が必要である。したがってバイオテロの可能性が高いと判断した場合、医療従事者は接触、飛沫、空気の全経路別予防策をとることが賢明と思われる。またパウダー化された異物(炭疽菌など)が付着している場合は、診療の前に除染が必要であり、警察や保健所に報告、相談する。

役立つサイト、資料

  1. CDC. 2007 guideline for isolation precautions: preventing transmission of infectious agents in healthcare settings. Last update: May, 2019. https://www.cdc.gov/infectioncontrol/pdf/guidelines/isolation-guidelines-H.pdf
  2. 満田年宏訳・著.隔離予防のためのCDCガイドライン,医療環境における感染性病原体の伝播予防2007.株式会社ヴァンメディカル,東京,2007.(上記1)の翻訳)
  3. バイオテロに使用される可能性のある病原体等の新規検出法の確立,及び細胞培養痘そうワクチンの有効性,安全性に関する研究班(研究代表者,西條政幸).バイオテロを疑う時.

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

防衛医科大学校内科学講座(感染症・呼吸器) 川名明彦

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