日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2021年7月26日

新型コロナウイルス感染症パンデミック下における感染症の現況

はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックが宣言された2020年3月以降、COVID-19以外の感染症の流行に変化が出ている。これはCOVID-19パンデミックによる日常生活の大きな変化が影響していると考えられる。

渡航者の減少に伴う変化

1. 輸入感染症の減少

 入国制限や渡航規制により国際的な人の往来が大幅に減少した。2020年4月以降、インバウンド、アウトバウンドともに前年比98%以上減となっている(図1)。このため海外から持ち込まれる感染症、例えば代表的な輸入感染症であるデング熱とマラリアの届出数は大きく減少した。2016年から2019年のデング熱症例数は200~400台で推移していたのが、2020年は45例であった。マラリア届出数も60例前後から20例に減少していた(表1)。

図1 2020年の訪日外国人数、日本人出国者数 日本政府観光局 (JNTO) 発表統計よりトラベルボイス作成

図1 2020年の訪日外国人数、日本人出国者数 日本政府観光局 (JNTO) 発表統計よりトラベルボイス作成 図1 2020年の訪日外国人数、日本人出国者数 日本政府観光局 (JNTO) 発表統計よりトラベルボイス作成
https://www.travelvoice.jp/20210120-147984 https://www.travelvoice.jp/20210120-147985

表1 過去5年間のデング熱、マラリアの届出数

表1 過去5年間のデング熱、マラリアの届出数

a: 発生動向調査年別報告数一覧より(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10067-report-ja2019-20.html
b: IDWR速報データ2020年第53週より(https://www.niid.go.jp/niid/ja/data/10103-idwr-sokuho-data-j-2053.html
国立感染症研究所上記URLデータより作成

2. COVID-19パンデミック下の輸入感染症診療の問題点

 前述の通りほとんどが海外の流行地で感染するマラリアやデング熱患者数は減少したが、ゼロになった訳ではない。通常でも鑑別診断に挙がりにくい輸入感染症の診療が、COVID-19に意識が向きすぎてさらに難しくなっていると推測する。また筆者はCOVID-19パンデミック下に2例の熱帯熱マラリア症例を経験したが、そのうちの1例は隣接する県から遠路搬送されてきた。仕事のためにアフリカに滞在し、日本に入国して健康観察中に発症した患者であった。居住地近くの医療機関でマラリアが疑われ、マラリアに対応できる(COVID-19診療も行っている)近隣の医療機関を複数打診したが、COVID-19健康観察中であるという理由で診療を断られたとのことであった。患者がVFR(Visiting friends and relatives)でsemi-immuneであったことも幸いし重症化することなく治癒したが、COVID-19診療で通常診療が圧迫され、通常診療の中でもマイナーな疾患の診療がさらに困難になっている現状がある。

COVID-19感染対策による変化

1. 飛沫感染、接触感染で広がる感染症の減少

COVID-19感染予防のため手指消毒、ユニバーサルマスキングや軽い症状でも自宅で休養するなどの感染対策が個人のレベルで広く行われるようになった。このことは飛沫や接触感染で広がる感染症にも効果があったと考えられ、インフルエンザ、マイコプラズマ肺炎、RSウイルス感染症、手足口病、ヘルパンギーナ、ノロウイルス・ロタウイルスが原因の多くを占める感染性腸炎が減少していた(図2)。
ところが2021年に入ってRSウイルス感染症が急増している(図3)。例年とは流行時期や年齢分布が大きく異なり、通常であればRSウイルスに対する免疫を獲得していたはずの子どもの多くがCOVID-19感染対策によってその機会を得られなかったことによると推測されている。

図2 主な飛沫・接触感染症の流行状況

図2 主な飛沫・接触感染症の流行状況

https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/idwr/IDWR2020/idwr2020-52-53.pdf

図3 RSウイルス感染症の流行状況(2021年第23週現在)

図3 RSウイルス感染症の流行状況(2021年第23週現在)

https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/idwr/IDWR2021/idwr2021-23.pdf

2. ワクチンで予防可能な感染症(Vaccine Preventable Diseases)

VPDである風疹と流行性耳下腺炎は飛沫感染で、麻疹と水痘は空気感染で広がるためCOVID-19感染対策により報告数が減少した(図4、表2)。一方でCOVID-19流行により子ども達への麻疹・風疹2種混合(MR)ワクチンと同じくVPDである肺炎球菌ワクチンの接種率低下が確認されている1)。世界保健機関(WHO)はCOVID-19流行によって乳児が必要なワクチンを接種できなくなることで、VPDの世界的流行が起こる可能性を指摘している。VPDの発生が少ない今こそ、ワクチンを確実に接種しておく必要がある。

図4 水痘、流行性耳下腺炎の定点あたり報告数

図4 水痘、流行性耳下腺炎の定点あたり報告数

https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/idwr/IDWR2021/idwr2021-05.pdf

表2 過去5年間の風疹と麻疹の届出数

表2 過去5年間の風疹と麻疹の届出数

a: 発生動向調査年別報告数一覧より(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10067-report-ja2019-20.html
b: IDWR速報データ2021年第1週より(https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/idwr/IDWR2021/idwr2021-01.pdf
国立感染症研究所上記URLデータより作成

3. 食中毒発生状況の変化

 2020年4月から5月にかけて発出された緊急事態宣言とステイホームの意識により、外食の機会が減ったことが要因と考えられる食中毒発生状況の変化が見られた。令和2年食中毒発生状況(厚生労働省)2)によると2020年の食中毒事故発生件数は過去5年で最も少ない887件であった。食中毒発生施設別では飲食店での発生件数が過去5年間で最少の375件であったが、家庭での発生は過去5年間で最多の166件であった。2020年の患者数は14600人余りと前年と大きく変わらない人数であった。これは緊急事態宣言が解除されていた時期に患者数500人以上の大規模な事例が3件発生しており、その影響と考えられる。主な病因物質である細菌、ウイルスによる食中毒は過去最少、アニサキス等の寄生虫による食中毒が多く発生していた。

4. 対策の影響をあまり受けなかった感染症

 感染症発生動向調査の結果からは性感染症定点把握4疾患(性器クラミジア感染症、淋菌感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ)と後天性免疫不全症候群、梅毒の発生状況(図5、表3)は減少しているとは言えず、これまでと同等の届出数であった。性感染症のリスクが高いグループはCOVID-19流行によっても行動様式が変わっていないのかもしれない。

図5 性感染症定点把握4疾患の流行状況

図5 性感染症定点把握4疾患の流行状況

https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/idwr/IDWR2021/idwr2021-05.pdf

表3 過去5年間の後天性免疫不全症候群、梅毒の届出数

表3 過去5年間の後天性免疫不全症候群、梅毒の届出数

a: 発生動向調査年別報告数一覧より(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10067-report-ja2019-20.html
b: IDWR速報データ2020年第53週より(https://www.niid.go.jp/niid/ja/data/10103-idwr-sokuho-data-j-2053.html
国立感染症研究所上記URLデータより作成

5. 野外活動で感染する疾患

 ステイホームができない農作業など野外での仕事に従事して感染するダニ媒介感染症は減少が見られなかった(表4)。つつが虫病、日本紅斑熱は大幅に増加し、ライム病も増加傾向にあるように見える。患者情報の詳細を参照することはできないが、COVID-19流行のため野外の仕事を手伝う人や野外でレジャー活動をする人が増えた影響と疾患認知度の上昇が相まった結果かもしれない。レプトスピラ症は過去5年間で最少の届出数であった。レプトスピラ症は台風・洪水やスポーツイベント・野外訓練に関連した集団感染が発生数に影響するためCOVID-19感染対策が関係しているかどうかは評価が難しい。

表4 過去5年間のダニ媒介感染症とレプトスピラ症の届出数

表4 過去5年間のダニ媒介感染症とレプトスピラ症の届出数

a: 発生動向調査年別報告数一覧より(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10067-report-ja2019-20.html
b: IDWR速報データ2020年第53週より(https://www.niid.go.jp/niid/ja/data/10103-idwr-sokuho-data-j-2053.html
国立感染症研究所上記URLデータより作成

6. その他のトピック

 糞線虫症流行地に居住し、慢性感染状態にある患者の細胞性免疫が低下すると糞線虫の過剰感染症候群・播種性糞線虫症となって重症、重篤化することが知られている。COVID-19治療のためにステロイドとトシリズマブが投与された患者の播種性糞線虫症が報告されている3)
 スペインやトルコでは疥癬の家庭内感染の増加4)や疥癬患者の増加5)が報告されている。COVID-19流行によるステイホームの影響が指摘されている。

おわりに

 COVID-19以外の感染症の現況から、パンデミック下であってもCOVID-19の診療と対策だけに囚われすぎないことが重要であると思われる。

文献

  1. NPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会「新型コロナウイルスの流行で小 児ワクチンの接種率が低下」
    https://www.know-vpd.jp/news/20741.php
  2. 厚生労働省. 令和2年食中毒発生状況
    https://www.mhlw.go.jp/content/11121000/000756178.pdf
  3. Audun J. Lier, et al:Antimicrobial Management of Disseminated Strongyloidiasis in a COVID-19 Patient. Am. J. Trop. Med . Hyg. doi: 10.4269/ajtmh.20-1059b
  4. Martínez-Pallás, et al: Scabies Outbreak during Home Confinement Due to the SARS-CoV-2 Pandemic. 2020 Dec;34(12):e781-e783.J Eur Acad Dermatol Venereol. doi: 10.1111/jdv.16879.
  5. Ömer Kutlu, et al: The Explosion in Scabies Cases during COVID-19 Pandemic. 2020 Sep;33(5):e13662. Dermatol Ther.doi: 10.1111/dth.13662

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

中村(内山)ふくみ 東京都立墨東病院感染症科
谷口 清州 国立病院機構三重病院

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