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一般社団法人日本感染症学会 提言 2022-2023年シーズンのインフルエンザ対策について(医療機関の方々へ)

最終更新日:2022年7月26日

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一般社団法人日本感染症学会 提言 2022-2023年シーズンのインフルエンザ対策について(医療機関の方々へ)

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックは、2022年7月24日の時点で、全世界で累計5億6964万人以上の感染者と638万人以上の死亡が報告されています1)。我が国における感染者と死亡者は、2022年7月19日時点で、それぞれ1014万1,894名と3万1,663名となっており2)、すでに第7波の最中にあります。
 一方、インフルエンザについては、国内でCOVID-19の流行が始まった2020年2月以降、患者報告数は急速に減少し、2020-2021年シーズンおよび2021-2022年シーズンの現在まで、インフルエンザウイルス検出の報告はほとんど見られておらず3)、危惧されていたCOVID-19とインフルエンザの同時流行もありませんでした。これは、COVID-19対策として普及した手指衛生やマスク着用、3密回避、国際的な人の移動の制限等の感染対策がインフルエンザの感染予防についても効果的であったためと考えられます。しかしながら、2021年後半から2022年前半にかけて、北半球の多くの国ではインフルエンザの小ないし中規模の流行がみられています4)
 以上のことを鑑みて、当委員会では、今季のインフルエンザ対策について、以下の見解を述べたいと思います。

<内容>
1. 2022-2023年シーズンは、インフルエンザの流行の可能性が大きい
2. A(H3N2)香港型に注意
3. 今季もインフルエンザワクチン接種を推奨します
4. 例年通りのインフルエンザ診療が必要です
参考文献

1. 2022-2023年シーズンは、インフルエンザの流行の可能性が大きい

 北半球の冬季のインフルエンザ流行の予測をするうえで、南半球の状況は参考になります。オーストラリア政府は定期的にインフルエンザの発症状況を報告しています5)が、2020年および2021年は、わが国同様、インフルエンザ患者は極めて少数でした。しかしながら、2022年は4月後半から報告数が増加し、例年を超えるレベルの患者数となっており、医療の逼迫が問題となっています。今後、海外からの入国が緩和され人的交流が増加すれば、国内へウイルスも持ち込まれると考えられ、わが国においても、今秋から冬には、同様の流行が起こる可能性があります。
 一方、過去2年間、国内での流行がなかったために、社会全体のインフルエンザに対する集団免疫が低下していると考えられます。2021-2022年シーズンのワクチン株に使用されたウイルスに対する年齢別の抗体保有率の調査6)では、年齢群によっては保有率が低く、以前に比して低下している傾向がみられます。そのため、一旦感染がおこると、特に小児を中心に大きな流行となるおそれがあります。
 このようななかで、6月22日、東京都内の小学校において、2年3か月ぶりにインフルエンザによる学年閉鎖が発表されました7)。冬季のシーズンに入る前に、このような季節外れの流行が起こる可能性もあります。

2. A(H3N2)香港型に注意

 2021-2022年には、欧米では、主としてA(H3N2)香港型による流行がみられています。中国での流行は、B(ビクトリア系統)型によるものがほとんどでしたが、今年になってA(H3N2)香港型が増加しています4)。また、オーストラリアで本年度に検出されたインフルエンザウイルスのうち、サブタイプが判明したものでは、約80%はA(H3N2)、約20%がA(H1N1)でした5)。そのため、今シーズンは、わが国でもA(H3N2)香港型の流行が主体となる可能性があります。
 インフルエンザワクチンは、鶏卵を用いた継代培養により製造されますが、A(H3N2)ウイルスはその過程において、HA抗原に変異が起こります8)。そのためワクチン効果(ワクチン未接種者における発症に比して、ワクチン接種者での発症が減少する割合)は低下し、 特に免疫能が低下している高齢者では、その影響が顕著です9)
 2021-2022年シーズンの欧米でのA(H3N2)ウイルス流行株は、HA(赤血球凝集素)系統樹解析(phylogenetic analysis)で、ワクチン株であったA/Cambodia/e0826360/2020-like virus、genetic clade 3C.2a1b.2a.1(2a.1)から、3C.2a1b.2a.2(2a.2)に変異し、ワクチン効果が低下したと考えられています10)。米国では、2021-2022年シーズンのA(H3N2)に対する発病防止効果は35%でした9)。そのため、今季のA(H3N2)のワクチン株は、オーストラリアのDarwinで分離された、A/Darwin/9/2021 (H3N2)-like virus, clade 3C.2a1b.2a.2(2a.2)が採用されました10)
 一方、A(H1N1)型ウイルスやB型ウイルスは、ワクチン製造過程での抗原変異は小さいことが知られています。

3. 今季もインフルエンザワクチン接種を推奨します

 前述したように、今季に流行の予想されるA(H3N2)香港型に対するワクチンの発病防止効果は未知ですが、発症してもワクチンによる一定の重症化防止効果は期待でき、65歳以上の高齢者においてA(H3N2)感染による入院防止率は37%であったと報告されています11)
 大きな流行が起きたオーストラリアでは、ほとんどの州で、例年の高齢者等のハイリスク群だけではなく、全州民のインフルエンザワクチン無料接種に踏み切りました。2年間、インフルエンザ流行がなかった影響で、例年ならばリスクの低い若年層にも重症化の可能性があり、さらに、現在でもCOVID-19の流行も続いているからです。
 一方、わが国においても、COVID-19の発症者は再増加が続いています。そのような中で、ワクチンで予防できる疾患については可及的に接種を行い、医療機関への受診を抑制して医療現場の負担を軽減することも重要です。
 よって、当委員会は、今季も例年通りに、小児、妊婦も含めて、接種できない特別な理由のある方を除き出来るだけ多くの方に、インフルエンザワクチンの積極的な接種を推奨します。

4. 例年通りのインフルエンザ診療が必要です

 今季は、発熱患者では、ワクチン接種歴に関わらずCOVID-19とインフルエンザの鑑別が重要となります。また両者の合併も考えられます。したがって、外来診療では両方のウイルスを念頭にいれて、PCR、抗原検査、迅速診断等による確定診断が必要となります。検査の進め方については、感染症学会からの提言「今冬のインフルエンザと COVID-19 に備えて」12)や厚生労働省「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」13)をご参照ください。
 インフルエンザと診断されたときは、抗ウイルス薬による治療を検討することとなります。抗ウイルス薬は、インフルエンザの重症化、死亡率を抑制します。重症化のリスクのある方は当然治療の対象ですが、リスクを持たない人でも重症化することがあり、その予測は困難です。わが国でのサーベイランスによると、インフルエンザに罹患して重症化した成人の入院患者のうち、9.0%が65歳未満かつリスクのない人でした14)
 治療の実際については、昨年に当委員会が発表した提言「今冬のインフルエンザに備えて. 治療編~前回の提言以降の新しいエビデンス」15)をご参照ください。抗ウイルス薬の耐性の状況については、過去2年間に流行がなかったために、今後の動向を見守る必要があります。
 わが国のインフルエンザ診療は、早期診断、早期治療の体制が確立しており、世界の中でも進んだ国の一つと言えると思います。今季、発熱患者に対しては、すべての医療機関がその診療にあたる必要性があると思われます。

参考文献

  1. Johns Hopkins Coronavirus Resource Center. COVID-19 Map
    https://coronavirus.jhu.edu/map.html
  2. 厚生労働省. 新型コロナウイルス感染症国内発生動向 
    https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/kokunainohasseijoukyou.html
  3. 国立感染症研究所. 週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数.
    https://nesid4g.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data2j.pdf 2022年6月26日閲覧
  4. World Health Organization. FluNet.
    https://www.who.int/tools/flunet
  5. Australian Government Department of Health. Australian influenza surveillance report No. 07, 2022.
    https://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/8475D410D4090874CA2588780083317A/$File/flu-07-2022.pdf
  6. 国立感染症研究所. インフルエンザ抗体保有状況 2021年度速報第2報.
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/je-m/2075-idsc/yosoku/sokuhou/10864-flu-yosoku-rapid2021-2.html
  7. 東京都教育委員会. 都内公立学校のインフルエンザによる学年閉鎖について.
    https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/press/press_release/2022/release20220622_02.html
  8. 国立感染症研究所. インフルエンザウイルス流行株抗原性解析と遺伝子系統樹 2020年11月30日
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-antigen-phylogeny/9988-2020-11-30.html
  9. Centers for Disease Control and Prevention. Interim US Flu Vaccine Effectiveness (VE) Data for 2021-2022
    https://www.cdc.gov/flu/vaccines-work/2021-2022.html
  10. World Health Organization. Recommended composition of influenza virus vaccines for use in the 2022- 2023 northern hemisphere influenza season.
    https://cdn.who.int/media/docs/default-source/influenza/who-influenza-recommendations/vcm-northern-hemisphere-recommendation-2022-2023/202202_recommendation.pdf?sfvrsn=5c88e006_13&download=true
  11. Rondy M, Launay O, Castilla J, Costanzo S, Puig-Barberà J, Gefenaite G, et al. Repeated seasonal influenza vaccination among elderly in Europe: Effects on laboratory confirmed hospitalised influenza. Vaccine 2017; 35: 4298-306.
    doi: https://doi.org/10.1016/j.vaccine.2017.06.088
  12. 日本感染症学会. 今冬のインフルエンザと COVID-19 に備えて.
    https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/2012_teigen_influenza_covid19.pdf
  13. 厚生労働省. 新型コロナウイルス感染症診療の手引き 第7.2版
    https://www.mhlw.go.jp/content/000936623.pdf
  14. Ishida T, Seki M, Oishi K, Tateda K, Fujita J, Kadota J, et al. Clinical Manifestations of Hospitalized Influenza Patients without Risk Factors: A Prospective Multicenter Cohort Study in Japan via Internet Surveillance. J Infect Chemother 2022; 23: 853-8.
    doi: https://doi.org/10.1016/j.jiac.2022.02.001
  15. 日本感染症学会. 今冬のインフルエンザに備えて. 治療編~前回の提言以降の新しいエビデンス.
    https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/211221_teigen.pdf

2022年7月24日

一般社団法人日本感染症学会 インフルエンザ委員会
青木洋介、川名明彦、國島広之、佐藤晶論、新庄正宜、菅谷憲夫、関 雅文、永井英明、
廣津伸夫、藤田次郎、三鴨廣繁、石田 直(委員長)

利益相反自己申告
青木洋介はMSD(株)、塩野義製薬(株)、ファイザー(株)から講演料を受けている。
青木洋介は塩野義製薬(株)から奨学(奨励)寄附金を受けている。
國島広之はアステラス製薬(株)、MSD(株)、塩野義製薬(株)、ミヤリサン製薬(株)から講演料を受けている。
菅谷憲夫は第一三共(株)から講演料を受けている。
関 雅文はMSD(株)、杏林製薬(株)、サノフィ(株)、塩野義製薬(株)、第一三共(株)、大正製薬(株)、大日本住友製薬(株)、ファイザー(株)、Meiji Seikaファルマ(株)から講演料を受けている。
永井英明は塩野義製薬(株)から講演料を受けている。
廣津伸夫は塩野義製薬(株)から講演料を受けている。
藤田次郎は杏林製薬(株)、ギリアド・サイエンシズ(株)、塩野義製薬(株)、第一三共(株)、ファイザー(株)、日本ベーリンガーインゲルハイム(株)から講演料を受けている。
藤田次郎は大塚製薬(株)から奨学(奨励)寄附金を受けている。
三鴨廣繁はアステラス製薬(株)、MSD(株)、杏林製薬(株)、ギリアド・サイエンシズ(株)、グラクソ・スミスクライン(株)、興和(株)サノフィ(株)、サラヤ(株)、塩野義製薬(株)、第一三共(株)、大日本住友製薬(株)、(株)ツムラ、日本ベクトン・ディッキンソン(株)、ファイザー(株)、(株)フコク、富士フイルム富山化学工業(株)、ミヤリサン製薬(株)、Meiji Seikaファルマ(株)から講演料を受けている。
三鴨廣繁はあすか製薬(株)、アボットダイアグノスティクスメディカル(株)、オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス(株)、杏林製薬(株)サラヤ(株)、積水メディカル(株)、東ソー(株)、ファイザー(株)、(株)フコク、ブルカージャパン(株)、ミヤリサン製薬(株)、Meiji Seikaファルマ(株)、ロシュ・ダイアグノスティクス(株)から研究費を受けている。
三鴨廣繁は旭化成ファーマ(株)、塩野義製薬(株)、第一三共(株)、大日本住友製薬(株)、(株)フコク、富士フイルム富山化学工業(株)、(株)モリイから奨学(奨励)寄附金を受けている。
石田 直は杏林製薬(株)、塩野義製薬(株)から講演料を受けている。
川名明彦、佐藤晶論、新庄正宜については申告すべきものなし。

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