日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年12月02日

国際的マスギャザリングに関連したワクチン

今後、国内において国際的なマスギャザリングイベント(以下、国際的なイベントと記す)が実施される場合、日本国内居住者が接種を検討すべきワクチンについて、接種を実施する医師向けのガイダンスとしてまとめた。

2019年1月現在、定期接種として推奨されているワクチンはすべて接種すべきワクチンである。従って、ここでは、定期接種対象者についてはすべて接種すべき年齢に応じて必要回数の接種が行われていることを前提で記載している。

国際的なイベントにおいては、国内で流行していない感染症が海外から持ち込まれ、患者の発生の危険性が高まるとともに、国内において流行している感染症を海外からの参加者・観戦者等に感染させてしまう可能性がある。予防接種を実施することにより、これらの可能性をできる限り事前に低下させておくことが本ガイダンスのひとつの目的であり、「事前に受けておきたいワクチン」としてまとめている。また、国際的なイベント中に患者が発生、さらにアウトブレイクにまで拡大してしまった場合に、その公衆衛生対応として緊急的にワクチン接種を実施したほうが良いワクチンについては「患者発生時に緊急的に接種を考慮するワクチン」としてまとめている。

わが国では定期接種として推奨されているワクチンが、諸外国では接種されていない場合もある(その逆もある)。そのため、現時点で国内では流行していない感染症が持ち込まれて発生することは十分に予想される。この機会に定期接種ワクチンの実施状況を検討し、ワクチン接種率をさらに高め、安心して国際的なイベントが国内で開催できる環境を整えられることを期待する。

事前に受けておきたいワクチン

1. 麻しん風しん混合(MR)ワクチン

①積極的に推奨すべき対象者

  • 年齢相応の麻しん含有ワクチンの2回接種歴が確認できない人(必要回数は1歳以上で2回が望ましい)。特に1回の記録も無い人は緊急の接種が必要である。
  • 第5期風しん定期接種(昭和37年4月2日-昭和54年4月1日生まれの男性で、HI抗体価1:8以下に相当する者)の対象者は確実に接種を受けること。

②接種を検討すべき対象者(主に風疹)

  • 昭和37年4月2日以降に出生した日本国内居住者、かつ第5期風しん定期接種対象者以外の男性・女性で、以下の条件に合致する人。
  • 年齢相応のワクチン接種歴が記録で確認できない人(必要回数は1歳以上で2回が望ましい)。
  • 接種後抗体価を測定しており(5年以内)、必要な抗体価(ただし妊娠を希望する女性や医療関係者、保育関係者等はHI抗体価1:32以上が推奨される)を有していないことが確認されている人(年齢相応のワクチン接種歴を記録で確認できる場合抗体価測定は不要)。
    ※罹患したことが検査で確認されている場合を除く。

③接種を検討すべき理由

  • 麻疹は空気感染で伝播し、その感染力は強い。海外には麻疹が流行している国が多数存在するため、国際的なイベントに際し、輸入例を発端にしたアウトブレイクが発生する可能性が高い。
  • 風疹は国内外で流行しており、特に妊娠20週頃までの妊婦が風疹ウイルスに感染すると先天性風疹症候群の児が生まれる危険性がある。

④推奨接種スケジュール

  • 未接種者は、あと2回(1回目と2回目は最低4週間以上空ける)。
  • 1回接種者は、あと1回。
  • ワクチン接種歴不明者は最低1回。

⑤接種に際し注意すべき点

  • MRワクチン接種不適当者には接種不可(女性の場合、1か月間避妊した後に接種し、接種後2か月間は妊娠を避ける)。
  • 少なくともイベント関係者と接触する1か月前に接種する。
  • 多数の人と接触する機会のある人(空港、公共交通機関、観光業関係者など)は積極的に接種すべき。

2. 髄膜炎菌ワクチン(4価結合体髄膜炎菌ワクチン)

①接種を検討すべき対象者

  • 医療関係者で大会関係者の髄膜炎菌感染症患者を診察・介護する可能性が高い人(救急担当の医師、看護師、救急隊員など)。
  • 大会関係者で髄膜炎菌の流行国(例:サハラ以南のアフリカ諸国、欧州・中東諸国など)からの参加者と接触する可能性が高い人(選手村で活動するスタッフ、ボランティア、通訳、メディア関係者など)。
  • その他、一般的に髄膜炎菌感染症としてリスクが高いと考えられている人、すなわち機能的・解剖学的無脾症、エクリズマブ投与者、男性同性愛者(MSM)など。

②接種を検討すべき理由

  • 国内では髄膜炎菌感染症は稀な疾患であり、ワクチン被接種者や防御免疫保有者は少ないと予想される。
  • 諸外国、および国内においても国際的なイベントを契機とした侵襲性髄膜炎菌感染症アウトブレイクの報告が複数なされている。
  • 発症した場合、急激に増悪する劇症型の存在を含め重篤な疾患であり、適切な治療を行っても不幸な転帰をたどる例がある。

③推奨接種スケジュール

  • 1回筋肉内接種(接種対象者:2歳以上55歳以下。国内ではこの年齢外の安全性、有効性は確立していない)。

④接種に際し注意すべき点

  • 同時接種は可能だが、機能的・解剖学的無脾症、あるいはHIV患者においては肺炎球菌ワクチン(PCV13)との同時接種はその免疫原性への影響から、推奨されていない。
  • 少なくともイベント関係者と接触する2週間前。

3. A型肝炎ワクチン

①接種を検討すべき対象者:70歳未満で以下に合致する人

  • 医療関係者で大会関係者のA型肝炎患者を診察・看護介護する可能性が高い人(救急担当の医師、看護師、救急隊員など)。
  • 大会関係者に食品を提供する生産者や調理従事者。
  • その他一般的にA型肝炎のリスクが高いと考えられる人(例:MSMなど)。

②接種を検討すべき理由

  • 国内での研究(Kiyohara T, et al. Microbiol Immunol. 2007;51(2):185-91.)では70歳未満の国民の抗体保有率は非常に低い。
  • 食品を介したA型肝炎のアウトブレイクが国内でも報告されている。
  • 特定の集団のリスクが高くなっている。

③推奨接種スケジュール

  • 3回(2-4週間隔で2回接種、さらに初回接種後24週経過後に1回追加接種)。

④接種に際し注意すべき点

  • 免疫の賦与を急ぐ場合には、2週間隔で2回接種することで感染防御に十分な抗体価が得られる(ただし長期の抗体価獲得には3回目が必要)。
  • 2回目の接種が大会関係者との接触の4週間前であること。

4. B型肝炎ワクチン

①接種を検討すべき対象者

  • 医療関係者(救急担当の医師、看護師、救急隊員など)。

②接種を検討すべき理由

  • 診察時に針刺しなどの医療事故で感染する可能性がある。
  • 海外では麻薬常習者間での感染などの報告があり、通常よりリスクが高くなることが想定される。
  • 海外には日本よりHBs抗原陽性者の割合が高い国が存在する。

③推奨接種スケジュール

  • 3回(4週間隔で2回接種、さらに初回接種後20~24週経過後に1回追加接種)。

④接種に際し注意すべき点

  • B型肝炎ワクチンは、血液に曝露される前に接種(1シリーズ:3回)を完了しておくことが望ましい。
  • 米国CDCでは、健常人について1シリーズ(3回)の接種歴がある人はブースターならびに毎年のHBs抗体検査も不要としている。
  • 3回接種後HBs抗体が獲得されていない場合(HBs抗体が10 mIU/mL未満)には、さらにあと1シリーズ(3回)追加接種する。

5. 水痘ワクチン

①接種を検討すべき対象者

  • 水痘ワクチン接種歴がなく、かつ水痘の既往歴もない人。

②接種を検討すべき理由

  • 水痘は空気感染で伝播し(感染力が強い)、免疫機能が抑制された者が感染すると重症化のリスクが高い。
  • 海外では水痘ワクチンを定期接種に導入していない国が多い。

③推奨接種スケジュール

  • 2回接種。
  • 13歳以上では4週間以上の間隔をあける。13歳未満では、3か月以上の接種間隔を推奨する(日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュールの変更点2018年8月1日
    https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/vaccine_schedule.pdf)。

④接種に際し注意すべき点

  • 水痘ワクチン接種不適当者には接種不可。
  • 水痘罹患の記憶がないが、実際には過去の罹患や接種歴のある人へワクチンを接種しても副反応の頻度や程度が高くなることはない。

6. おたふくかぜ(流行性耳下腺炎、ムンプス)ワクチン

①接種を検討すべき対象者

  • おたふくかぜワクチン接種歴がなく、かつムンプスの既往歴もない人。

②接種を検討すべき理由

  • わが国においては、ムンプスの流行は継続しており、イベント時にさらに国内流行が大きくなっている可能性がある。
  • 合併症として難聴、無菌性髄膜炎や膵炎、思春期以降の人が初めてムンプスに罹患すると精巣炎、卵巣炎の合併頻度が高くなる。https://www.nhs.uk/conditions/mumps/complications/

③推奨接種スケジュール

  • 2回(最低4週間の間隔をあける)。

④接種に際し注意すべき点:

  • おたふくかぜワクチン接種不適当者には接種不可。

7. インフルエンザワクチン

季節性インフルエンザに関しては、一部参加者がインフルエンザ流行地域(オリンピック開催時冬である南半球諸国、年間を通じて流行を認める熱帯地域諸国など)から参加することを鑑み、接種の推奨を検討した。東京2020大会は日本の夏期に開催されるため、インフルエンザワクチンの国内向けの供給は開始されていないことが考えられる。イベント期間中は一般的なインフルエンザ対策の実施を心がけるとともに、大会期間中のインフルエンザ様症状(ILI)にて受診した大会関係者、観戦者などについて、インフルエンザも鑑別疾患に挙げる。

患者発生時に緊急的に接種を考慮するワクチン

(患者発生時にワクチン未接種、未罹患、1回のみの接種、接種歴不明の場合を想定)

1. 麻疹患者が発生した場合

①接種すべきワクチン

  • 原則としてMRワクチン。

②接種スケジュール

  • 麻疹患者と接触後72時間以内の緊急接種。

③注意点

  • MRワクチン接種不適当者には接種不可(女性の場合、1か月間避妊した後に接種し、接種後 2か月間は妊娠を避ける)。

④その他

  • 接触後72時間以上経過した場合には接触後6日以内であればγグロブリン投与による予防法が有効である場合あり
  • 感受性者対策として、72時間以上経過しており、間に合わない可能性があっても接種を推奨することが望ましい

2. 風疹患者が発生した場合

①接種すべきワクチン

  • 原則としてMRワクチン。

②接種スケジュール

  • 感受性者が患者と接触した後にワクチン接種した際の効果は明らかでない。

③注意点

  • MRワクチン接種不適当者には接種不可(女性の場合、1か月間避妊した後に接種し、接種後 2か月間は妊娠を避ける)。

④その他

  • 風疹患者は、発疹出現日の数日-1週間前からウイルスを排出していることもあることから、患者と感受性者の接触制限で完全に感染拡大を防ぐことは難しい。接触者周囲の感受性者の割合が高い場合には、集団全体へのワクチン接種により、その集団の免疫保有率を高め3次感染対策を検討する。

3. 侵襲性髄膜炎菌感染症患者が発生した場合

①接種すべきワクチン

  • 4価結合体髄膜炎菌ワクチン。

②接種スケジュール

  • 患者と濃厚に接触した人(ルームメイト、衣食住を共にしている人など)は抗菌薬の予防内服に加えワクチンを1回接種。
  • 濃厚ではないまでも、患者と近い人(同じチーム、組織のメンバーなど)は、ワクチン接種の対象(アウトブレイク対応として1回接種)。

③注意点

  • 国内で接種可能な髄膜炎菌ワクチンは血清群A,C,W,Yにのみ有効である。

④その他

  • 原因となった血清群によってはワクチン接種が有効とならないため、抗菌薬投与前に無菌部位からの検体(血液、髄液など)を可能な限り採取し、血清群を決定する。
  • いったん患者発生があると長期間患者が発生することが海外からも報告されており、患者を診断した際は管轄保健所と共に積極的疫学調査を実施し、ワクチン接種対象者決定の参考にする。

4. A型肝炎患者が発生した場合

①接種すべきワクチン

  • A型肝炎ワクチン。

②接種スケジュール

  • A型肝炎ウイルスに曝露された人で、ワクチン未接種の人は、曝露2週間以内にA型肝炎ワクチン1回接種と、家族やパートナーなど感染のリスクが高い人にはγグロブリンを投与する。
    ※注意点:長期間有効な免疫を獲得するためには、初回接種2回完了後、6か月以降に1回の追加接種が必要。

③接種すべき人

  • ワクチン未接種者でA型肝炎患者に濃厚接触した人(患者の家族や患者との性交渉のある人、その他患者の医療や看護に従事する人、パートナーなど接触頻度の高い人など)。

④その他

  • 食品調理者がA型肝炎になった場合、同じ施設・店舗の調理者へは2週間以内にワクチンを考慮する。一般的に客への接種は不要とされるが、発症者が有症状のまま、かつ手洗いなどの衛生手技を怠って調理業務を行い、提供した非加熱食品(加熱した料理でも調理後触った後提供したものも含む)を食した場合などは、予防的に2週間以内にワクチン接種を行う。

5. HBs抗原陽性の血液による汚染事故発生時

①接種すべきワクチン

  • B型肝炎ワクチン。

②接種スケジュール

  • HBs抗原陽性の血液で汚染を受けた場合B型肝炎ワクチンとγグロブリンを投与する。
  • 接種スケジュールは3回(0、1、3-6か月)。

③注意点

  • まずは汚染された部分を流水でよく洗うこと。

④その他:

  • 2シリーズ(1シリーズ:3回接種)を接種しても抗体陽転しない人は「ワクチン不応者」として血液・体液曝露に際しては厳重な対応と経過観察を行う。
  • ワクチン不応者がB型肝炎ウイルスの曝露を受けた場合、日本環境感染症学会「医療関係者のためのワクチンガイドライン 第2版」 http://www.kankyokansen.org/modules/publication/index.php?content_id=17
    では、γグロブリンを曝露直後と1か月後の2回接種を推奨している。

6. 水痘患者が発生した場合

①接種すべきワクチン

  • 水痘ワクチン。

②接種スケジュール

③注意点

  • 水痘ワクチン接種不適当者には接種不可。

④その他

  • 水痘未罹患で水痘ワクチン未接種の医療従事者で水痘患者と空間を共有した人は、緊急ワクチン接種を行ったとしても曝露後8-21日は発症する可能性がある。
  • 1回接種歴のある人は曝露後3-5日以内に1回の接種を行い、経過観察を行う。

7. ムンプス患者が発生した場合

①接種すべきワクチン

  • おたふくかぜワクチン

②接種スケジュール

  • すでに感染してしまった人への緊急ワクチンの効果は確認されていない。
  • 患者発生に際し行う疫学調査においてリスクが高いと考えられる集団(学校、職場、同じ施設や道具、ペットボトルなどを共有するチームや団体など)を特定できた場合は、その集団に対してワクチン接種を検討。

③注意点

  • おたふくかぜワクチン接種不適当者には接種不可。

④その他

  • 症状出現の2日前から5日後まで感染性がある。

8. インフルエンザ患者が発生した場合

事前に受けておきたいワクチン 7. インフルエンザ」を参照のこと

9. 破傷風のリスクが高い外傷患者が発生した場合

①接種すべきワクチン

  • 沈降破傷風トキソイド(TT)。
  • マスギャザリング開催に際し、患者に対する破傷風予防を目的としたトキソイドの接種を考慮する。

②接種スケジュール

  • 年齢に応じた(成人であれば過去10年以内の)沈降破傷風トキソイドの接種歴を確認して、接種歴がなければ破傷風免疫グロブリンの投与と合わせてトキソイドの接種を行うが、万が一大量の人が負傷を追うような事態が発生した場合、接種歴の確認は現実的ではない。グロブリンに関しては負傷者の数、患者の年齢、負傷の程度などで検討する。
  • 乳幼児期に DPT-IPV、DPT ワクチンまたは DT トキソイドの接種を受けていない(確認できない)場合、初回免疫は、1 回 0.5mL を 2 回、3-8 週間の間隔で接種する。その後、追加免疫として 1 回、初回免疫後6か月以上の間隔をおいて接種する。
  • 乳幼児期に DPT-IPV、DPT ワクチンまたは DT トキソイドの接種を受けていることが記録などで確認出来た場合、直ちに沈降破傷風トキソイドを通常、1 回 0.5mL、皮下または筋肉内に注射する。
  • 多数の患者が医療機関に集中した場合、TTの供給が不足する事態が予想される。その場合、DPT、DTやDPT-IPV(15歳以下)を代用して接種する(患者の年齢に基づいてワクチンを選択する。添付文書を確認のこと)。DTは年齢によって1回接種量が異なるので要注意(10歳未満1回0.5mL、10歳以上1回0.1mL)。

③注意点

  • 競技中の外傷などで負傷した場合は患者の外傷の程度、ワクチン接種歴を考慮して必要な沈降破傷風トキソイドと破傷風免疫グロブリンの投与を実施する。
  • 破傷風患者の血液や体液に触れることによる医療関係者等の感染は破傷風のリスクとは考えられておらず、緊急接種の対象とはならない。

(利益相反自己申告:本企画につきましての項参照)

一般社団法人日本感染症学会
オリンピック・パラリンピックアドホック委員会



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