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インフルエンザ委員会(statement)「キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬について」

最終更新日:2018年10月11日

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キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬(Cap-Dependent Endonuclease Inhibitor)Baloxavir marboxil(ゾフルーザ®)について

<内容>
はじめに
1.Baloxavirの作用機序
2.Baloxavir marboxilの用法、用量
3.Oseltamivir内服と同等の臨床効果
4.副作用
5.アミノ酸変異の出現率は高い
6.ウイルス力価を大幅に低下させる
まとめ

はじめに

 本年3月に新しい抗インフルエンザ薬のBaloxavir marboxil(Xofluza ゾフルーザ®)が発売された。これは従来のノイラミニダーゼ阻害薬と異なり、キャップ依存性エンドヌクレアーゼ(Cap-Dependent Endonuclease Inhibitor)阻害によりウイルスの増殖を抑制する新しい作用機序の薬剤である。本薬剤は、単回経口投与で治療が完結するため、臨床上有用な薬剤と考えられる一方で、高率にウイルスのアミノ酸変異を惹起することが知られており、臨床効果への影響、周囲への感染性については、今後の検討が必要である。
 本格的に使用されるのは、この冬の流行からになると思われるが、添付文書*を参考に、現在までに判明しているこの薬剤の特徴について説明する。
*ゾフルーザ錠10mg/20mg/顆粒2%分包 添付文書 塩野義製薬株式会社 2018年9月作成(第3版)
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/PDF/340018_6250047F1022_1_04.pdf

1.Baloxavirの作用機序

 インフルエンザウイルスは、エンベロープの表面の赤血球凝集素が、人の気道の細胞表面のレセプターに結合して感染し、ウイルスリボ蛋白(RNP)複合体が細胞内で放出され(脱殻)、核内に移行する。そこで、ウイルスRNAの転写によるメッセンジャーRNA(mRNA)の合成と、ウイルスゲノムRNAの複製が、別個におこなわれる。
 このうち、mRNA合成を阻止するのが、RNAポリメラーゼ阻害薬Baloxavirである。
 ウイルスのポリメラーゼはPA、PB1、PB2から構成されているが、Baloxavirは、PAのキャップ依存性エンドヌクレアーゼを阻害することにより(Cap-Dependent Endonuclease Inhibitor)、mRNA合成を阻止し、ウイルス増殖を抑える。
 一方、増殖したウイルスが細胞から周囲に広がる時(出芽)、細胞のレセプターとウイルスの結合を切るのがノイラミニダーゼで、これを阻害するのがノイラミニダーゼ阻害薬(Neuraminidase Inhibitor: NAI)である。

2.Baloxavir marboxilの用法、用量

 Baloxavirは内服薬であり、成人(12歳以上の小児も含む)では、20mg錠2錠(計40mg)または顆粒4包を治療初日に単回投与する(体重80kg以上の患者では4錠80mgまたは顆粒8包)。12歳未満の小児には、体重40kg以上で20mg錠2錠(40mg)または顆粒4包、20kg以上40kg未満で20mg錠1錠(20mg)または顆粒2包、20kg未満で10mg錠1錠(10mg)となっている。単回投与で治療が完結することは、Baloxavirの特徴である。
 Baloxavirでは、催奇形性は認められていないが、妊婦にはBaloxavirによる治療は避けるべきである(添付文書上は慎重投与)。
 Baloxavirは、主に便中に排泄されるので(80%)、腎機能が低下している患者にも、投与量を調整せずに使用可能である。

3.Oseltamivir内服と同等の臨床効果

 Baloxavirについては、発病48時間以内に受診した外来患者を対象にした臨床試験の結果が報告されている。
 BaloxavirはA型にもB型インフルエンザにも有効である。In vitroでは、鳥インフルエンザH5N1やH7N9にも有効であることが確認されているが、臨床試験で効果が確認されているのは、主にH1N1pdm09とA香港(H3N2)である。
 成人の国際共同第III相試験の罹病期間は、プラセボ群の80.2時間からBaloxavir群では53.7時間と有意に短縮した(26.5時間の短縮)(図1)。成人では、Oseltamivirとの比較試験も実施されているが、臨床症状の改善は同等であり、効果に差はない。
 小児(12歳未満)を対象とした国内第III相臨床試験で、症状改善までの中央値は、40~60時間であった。この試験では、錠剤服用可能な小児を対象としたが、顆粒製剤の治験は終了しており、低年齢の小児では、今後、顆粒製剤が主に使われると考えられる。

図1 国際共同第III相試験でのKaplan-Meier曲線
ゾフルーザ錠10mg/20mg/顆粒2%分包 添付文書 塩野義製薬株式会社 2018年9月作成(第3版)
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/PDF/340018_6250047F1022_1_04.pdf

4.副作用

 成人(12歳以上の小児を含む)の臨床試験を通じて、臨床検査値の異常を含む副作用は、5.4%(49/910例)に認められた。主なものは、下痢とALT上昇であった。
 12歳未満の小児の臨床試験では、副作用は3.8%(4/105例)に認められた。小児も成人も、現時点では、問題となる副作用の報告はない。

5.アミノ酸変異の出現率は高い

 実際に、小児を対象とした国内第III相臨床試験で、Baloxavir投与患者のうち、投与前後に塩基配列解析が可能であった77例中18例(23.3%)でアミノ酸変異株が認められた。すべてA型インフルエンザ患者であった。
 成人の臨床試験では、370例中36例(9.7%)で変異が認められた。PA遺伝子の38番目のアミノ酸Isoleucine(略称、I)がThreonin(略称、T)に置き換わるので、I38Tと称する(他に、I38F、I38Mも検出された)。I38T変異ウイルスの出現により、インフルエンザウイルスのBaloxavirに対する感受性は約50倍低下した。感受性の低下幅は、比較的小さいもので、耐性というよりも、低感受性ウイルスという呼称が適切という考え方もある。
 Baloxavirの治療では、高頻度に変異が出現するが、臨床効果への影響は不明である。例えば、一時、北海道で流行したH1N1pdm09のH275Y変異(ノイラミニダーゼ遺伝子NA1の275番がHistidineからTyrosineに変化)では、Oseltamivirに対する感受性が200倍から300倍低下したが、臨床効果が低下したという報告はなかった。感受性の試験は、NA 阻害薬ではNeuraminidase Inhibition Assayであり、BaloxavirではPlaque Reduction Assayと異なった方法での評価である。両者での感受性低下の単純な比較はできないが、Baloxavirでの感受性低下が50倍程度だから耐性の程度は低い、臨床への影響は少ないとは断言できない。これらについては、今後の基礎的ならびに臨床的な検討が必要であると考えられる。
 I38変異ウイルスが、周囲に感染するかは不明であるが、変異によりウイルス増殖能が低下することは確認されている(Omoto S, et al. Scientific reports 2018;8:9633)。
アミノ酸変異による臨床への影響は、これからの検討が必要となる。

6.ウイルス力価を大幅に低下させる

 国際共同第III相臨床試験でのウイルス感染価は、投与前の6前後(log10 TCID50/mL)から、投与翌日には感染価は2前後と大幅に低下した(図2)。これは患者の鼻咽頭でのインフルエンザウイルスが、激減したことを示している。鼻咽頭でのウイルス量は、患者の感染力を示すと考えられるので、Baloxavirで治療すると、1日後には、感染性が大幅に低下する可能性がある。Baloxavir投与翌日には、多くの場合、迅速診断は陰性化すると考えられるが、一方、Oseltamivir等のノイラミニダーゼ阻害薬では、治療開始後も感染価は余り低下しないので、迅速診断が陽性に出ることは良く知られている。
 臨床効果は、OseltamivirとBaloxavirは同等であるが、抗ウイルス作用はBaloxavirが明らかに高い。
 I38変異ウイルスが検出された患者では、Baloxavir投与から4~5日目にかけて、ウイルス感染価の再上昇が認められた(図2)。Baloxavir投与翌日に、急激に低下した感染値が、再び2から3前後(log10 TCID50/mL)まで上昇している。最近の報告では(Hayden FG, et al. N Eng J Med 2018; 379: 913)、I38変異ウイルスが検出された患者では、罹病期間(median time to alleviation of illness)は変異がない患者に較べて延長し、変異(−)、I38変異(+)、プラセボ患者群で、それぞれ、49.6時間、63.1時間、80.2時間であった。

図2 国際共同第III相試験でのI38アミノ酸変異の有無別のウイルス力価の推移
ゾフルーザ錠10mg/20mg/顆粒2%分包 添付文書 塩野義製薬株式会社 2018年9月作成(第3版)
http://www.info.pmda.go.jp/downfiles/ph/PDF/340018_6250047F1022_1_04.pdf

前述のN Eng J Medの報告では、治療開始5日目で、変異のない患者の7%、変異ありの患者の91%、プラセボ患者の31%でウイルスが検出され、9日目では、同じく、2%、17%、6%で検出された。

まとめ

 Baloxavir marboxil(Xofluza,ゾフルーザ®)は、ノイラミニダーゼ阻害薬とは異なった作用機序でインフルエンザ増殖を抑えるので、ノイラミニダーゼ阻害薬耐性ウイルスにも有効と考えられる。臨床的な有効性、罹病期間の短縮はOseltamivirと同等だが、1回の内服で治療が出来るので、利便性が高くアドヒアランスは優れている。
 さらに、ウイルス感染価を、早期に大幅に低下させるので、治療効果と同時に、周囲への感染防止効果も得られる可能性がある。しかしながら、アミノ酸変異(主にI38T)が高率に発生することが報告されている(小児で23.3%、成人で9.7%)。変異ウイルスは、Baloxavirに対する感受性が50倍程度低下するが、臨床効果への影響、周囲への感染性は、現在のところ不明である。今後の臨床症例を蓄積して、当薬剤の位置づけを決めていく必要がある。

平成30年10月1日
一般社団法人日本感染症学会 インフルエンザ委員会
青木洋介、川名明彦、國島広之、新庄正宜、菅谷憲夫、永井英明、廣津伸夫、藤田次郎、三鴨廣繁、石田 直(委員長)

利益相反自己申告
青木洋介はMSD株式会社、大正富山医薬品株式会社、ファイザー株式会社から講演料を受けている。
青木洋介は塩野義製薬株式会社、MSD株式会社から奨学(奨励)寄付金を受けている。
國島広之はMSD株式会社、大正富山医薬品株式会社、富山化学工業株式会社から講演料を受けている。
國島広之は日本ベクトン・ディッキンソン株式会社より研究費を受けている。
菅谷憲夫はアステラス製薬株式会社、塩野義製薬株式会社、中外製薬株式会社から講演料を受けている。
永井英明はMSD株式会社、ファイザー株式会社から講演料を受けている。
廣津伸夫は塩野義製薬株式会社から講演料を受けている。
藤田次郎はMSD株式会社、塩野義製薬株式会社、第一三共株式会社、大正富山医薬品株式会社、ファイザー株式会社、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社から講演料を受けている。
藤田次郎は杏林製薬株式会社から研究費を受けている。
藤田次郎はエーザイ株式会社、MSD株式会社、大塚製薬株式会社、小野薬品工業株式会社、第一三共株式会社、大日本住友製薬株式会社、大鵬薬品株式会社、富山化学工業株式会社、ファイザー株式会社、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社、Meiji Seikaファルマ株式会社から奨学(奨励)寄付金を受けている。
三鴨廣繁は富山化学工業株式会社からメディカル・アドバイザーとして報酬を受けている。
三鴨廣繁は旭化成ファーマ株式会社、アステラス製薬株式会社、MSD株式会社、塩野義製薬株式会社、第一三共株式会社、大正富山医薬品株式会社、大日本住友製薬株式会社、富山化学工業株式会社、ファイザー株式会社、ミヤリサン製薬株式会社、Meiji Seikaファルマ株式会社から講演料を受けている。
三鴨廣繁はMSD株式会社、大正富山医薬品株式会社から原稿料を受けている。
三鴨廣繁はエーディア株式会社、株式会社大塚製薬工場、杏林製薬株式会社、サラヤ株式会社、大正製薬株式会社、東ソー株式会社、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社、バイエル薬品株式会社、プレシジョン・システム・サイエンス株式会社、ミヤリサン製薬株式会社から研究費を受けている。
三鴨廣繁は旭化成ファーマ株式会社、アステラス製薬株式会社、エネフォレスト株式会社、MSD株式会社、塩野義製薬株式会社、第一三共株式会社、大正富山医薬品株式会社、大日本住友製薬株式会社、富山化学工業株式会社、ファイザー株式会社、富士フイルムファーマ株式会社、ミヤリサン製薬株式会社、Meiji Seikaファルマ株式会社から奨学(奨励)寄付金を受けている。
石田 直はMSD株式会社から講演料を受けている。

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