日本感染症学会

ガイドライン・提言Guidelines

キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬 バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザⓇ)の使用についての新たな提言

最終更新日:2023年4月7日

キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬 バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザⓇ)の使用についての新たな提言

目次
はじめに 1. 12歳~19歳、および成人の外来患者におけるバロキサビルの投与について
2. 重症患者および免疫不全患者におけるバロキサビルの投与
3. 12歳未満の小児に対するバロキサビル投与について
引用文献

はじめに

 バロキサビル マルボキシル(以下、バロキサビル)はインフルエンザウイルスのmRNA転写の初期段階を阻害することにより、優れた抗ウイルス効果を発揮します1)。しかし、治療経過中に、本薬の標的分子であり、ウイルスのmRNA転写に不可欠なRNAポリメラーゼPAサブユニット上にあるキャップ依存性エンドヌクレアーゼの38番目のアミノ酸・イソロイシンがメチオニン、スレオニン、あるいはアスパラギン酸等に置換された変異ウイルス(低感受性であることを示唆:以下、PA/I38X変異と記載)が分離される事例が認められます。この点を含め、本委員会ではバロキサビルの使用について慎重な姿勢で提言を行って来ました2-4)
 今回、3シーズンぶりにインフルエンザの流行が再燃し、迅速なインフルエンザの治療が必要となる患者さんが増加しています。そこで今回、2019年以降にバロキサビルについて発表された臨床・疫学的知見を参照し、前回の提言を見直しました。

1.12歳~19歳、および成人の外来患者におけるバロキサビルの投与について

 12歳~19歳、および成人の外来患者のインフルエンザの治療において、バロキサビルをオセルタミビルと同等の推奨度で活用することが可能です。

ハイライト

  • バロキサビルのウイルス排出量低減効果はノイラミニダーゼ阻害薬(NAI)よりも優れています。
  • バロキサビルの臨床的効果はNAIと同等ですが、B型ではNAIより優れているとみられます。
  • バロキサビルの安全性に問題はみられません。
  • バロキサビルによる治療は合併症としての副鼻腔炎や気管支炎の発生を低減します。
  • バロキサビルの予防内服は家族内伝播を抑制します。
  • バロキサビルの投与後にPA/I38X変異を有するウイルスが一定頻度で分離されます。変異を有する場合、ウイルス排泄期間が延長し、初期症状の改善が遅れますが、その後の臨床経過は変異の無いウイルスと同様です。

1)臨床効果(症状緩和までの時間)と抗ウイルス効果について

 インフルエンザ重症化ハイリスク群を含む12歳~65歳以上の2184名(H3N2 48%、H1N1 7%、B 42%、混合型/未同定 3%)を対象としたランダム化比較試験(RCT)では、placeboに比較し、バロキサビルによる治療は、症状緩和までの時間は全被検者、およびA(H3N2)の患者解析においてオセルタミビルと同等の効果を認めました。B型ウイルス感染のサブ解析では、オセルタミビルと比較してバロキサビル治療群において有意な短縮(中央値74.6時間 vs 101.6時間)が認められました5)
 国内の3094名を解析対象としたpost marketing surveillance(12歳以上の患者層が2198名)では、年齢層およびウイルスの型を問わず、バロキサビル投与で臨床症状の速やかな改善と、安全性が確認されています6)。その他にも、バロキサビルはNAIによる治療と比較して解熱までの時間や臨床症状の改善が早かったとの国内の報告があります7, 8)
 3編のRCT1, 5, 9)に含まれる総数3771 例(12歳未満の小児173名を含むRCT1編を含む)のメタ解析では、年齢層を問わずバロキサビルはオセルタミビルと比較し、有症状時間を短縮し(有意差無し)、投与直後のウイルス力価およびRNA量を有意に減少させることが確認されました。また、青年/成人層における有害事象はバロキサビル投与群でより低い(OR 0.82, 95%CI: 0.69 – 0.98)結果となっています10)
 高リスク群、および合併疾患の無い低リスク患者群の双方を対象としたnetwork meta-analysis(NMA:直接比較試験が無い場合に、複数の試験結果の相対的効果評価により、二つの薬剤間比較を間接的に解析する手法)において、バロキサビルの臨床効果はオセルタミビルを含む全NAIと同等であり、ウイルス力価低減効果はハイリスク群においてもいずれのNAIよりも優れていました11)
 1回投与で治療が終了するバロキサビル、ペラミビル、ラニナミビルの治療効果を12のRCTのNMAにより解析した結果では、症状改善まで、および解熱に至るまでの時間は、それぞれペラミビル、バロキサビルが最も短く、投与後24および48時間後のウイルス排出量の減少効果はバロキサビルが最も優れていました12)

2)曝露後予防効果、およびNAI低感受性ウイルスの伝播抑制について

 545例のindex caseに曝露された同居家族752名への予防投薬の効果を検討した多施設共同二重盲検試験では、曝露後10日目までにおけるインフルエンザ発症割合はバロキサビル投与群で1.9%であり、placebo(13.6%)と対比して顕著な予防効果(86%の発症防止効果)を認めました13)
 要介護小児医療病棟で起きた、オセルタミビル予防投与中に連続発症したA(H1N1)pdm09 NA/H275Y変異ウイルスによるインフルエンザ集団感染例25名(年齢中央値13歳:1歳~25歳)において、バロキサビルによる治療に切り替えた後に集団感染が収束し、投与を受けた患者13名において速やかな解熱効果が認められています14)

3)関連合併症の発症抑制効果

 ハイリスク群を対象とした先述のRCT5)、および21編のRCTのメタ解析15)において、バロキサビルはplaceboに比較して副鼻腔炎と気管支炎の合併を有意に抑制しています。入院および肺炎の合併は、いずれの解析でも有意差のない範囲で低減されています。

4)PA/I38Xについて:

 当初の解析では、バロキサビル治療後にPA/I38X変異を有するウイルスが確認される割合は健康成人で9.7%1)、小児では23.4%~38.8%と高率に認められました16, 17)。12-64歳の健康人での先行研究(CAPSTONE-1試験)1)における、バロキサビル投与後にPA/I38X変異の認められた症例のサブ解析18)では、ウイルス消失までの時間の中間値はPA/I38X変異のあった群では、変異のなかった群やプラセボ投与群に比して延長していました。症状緩和までの時間の中間値は、変異群は非変異群より12時間の延長が見られましたが、day5以降については臨床症状に差はなかったとしています。
 また、同じくCAPSTONE-1試験のうち、12 歳~17歳の117名を対象としたサブ解析では19)、PA/I38X変異株を認めた事例は、明らかな臨床症状回復への影響はなかったが、ウイルス排出が延長したとしています。
 我が国の臨床内科医会による 2018/19 シーズンのバロキサビル投与例(9~87 歳の 81 例)の解析でも、A/H3N2 症例の 6.2 %の患者で投与3-4日後にPA/I38X変異 が検出されましたが、この変異の有無で解熱までの時間に差はありませんでした20)
 2019年には、バロキサビル治療歴のない入院中の小児からI38X変異を有するA(H3N2)ウイルスが検出され21)、さらにPA/I38X変異ウイルスの兄弟間伝播事例が報告されました22)。また、バロキサビル投与患者から分離されたI38Xは、野生型ウイルスと同等の病原性、増殖能を持つことも報告されました23)。国立感染症研究所のサーベイランスでも、2018/2019サーベイランスでA(H1N1)の全395株のうち3株、A(H3N2)の全424株のうち5株は薬剤未投与例から分離された同変異ウイルスであったことから24)、PA/I38X変異ウイルスの市中における拡大が懸念されました。
 しかし、その後のサーベイランスでは、PA/I38X変異株の2018/19 ⇒ 2019/20シーズン同変異ウイルスの割合はA(H1N1)pdm09で9/395株 ⇒ 1/949株、A(H3N2)で34/424株)⇒ 0/89株、B型は0/44株 ⇒ 0/160株であることが報告されています24)。2022/23シーズンは、2023年2月14日時点で解析株数が32株(AH1 1株、AH3 30株、B 1株)と少ないながら、同変異株は確認されていません。これらの低感受性株の割合の年次推移はオセルタミビルと同等、あるいは、それ以下の低値を示しています。バロキサビルの使用量が減少した背景はありますが、国立感染症研究所での現行の解析法で見る限り、PA/I38X変異を有するウイルスの増加は確認されていません。しかし、先に紹介した家族内伝播予防効果が確認された臨床研究でも、placebo群でバロキサビルをrescue投与した患者2名、および374例のバロキサビル群の10例からPA/I38Xが検出されていますので13)、予防投与も含め、今後のバロキサビル使用量の増加に並行して薬剤感受性の動向をフォローすることはNAIと同様に必要と考えられます。
 以上より、バロキサビルは12歳以上の青年~成人におけるA型ウイルス感染事例への治療効果はNAIと同等であり、B型については本薬の治療効果が優っている可能性が高く、検討された全ての研究でNAIよりも優れた抗ウイルス活性を有します。PA/I38X変異株によって、大きく臨床効果が損なわれる可能性は低く、現時点でPA/I38X変異株の市中伝播は認められていません。
 これらを総合的に勘案し、12~19歳および成人のインフルエンザに対し、バロキサビルはオセルタミビルと同等の推奨度で治療薬として位置付けることが可能と考えます。

2.重症患者および免疫不全患者におけるバロキサビルの投与

 重症患者および免疫不全患者のインフルエンザの治療において、バロキサビルを選択することが可能ですが、推奨/非推奨を論じることのできるエビデンスは現時点でありません。重度の免疫抑制状態ではウイルス排出期間の遷延に留意することが必要です。
 *1名の委員は、成人においても、耐性変異I38Xの影響が懸念されるので、バロキサビルの使用は基礎疾患のない健康な外来患者に限るべきで、入院患者と免疫抑制状態の患者には使用すべきではないという意見でした。

【ハイライト】

  • バロキサビルを、治療薬の1つとすることが可能です。
  • 重度の細胞性免疫抑制状態ではウイルス排出期間が遷延する可能性があります。
  • PA/I38X変異株については、今後もサーベイランスが必要です。

 前回の提言では、この患者群についてはPA/I38X変異を有するウイルスの影響を考慮し、「単独での積極的な投与は推奨しない」と提言しました。しかし、バロキサビルの抗ウイルス効果はNAIよりも優れているため、“免疫不全患者や重症者にこそ使用すべきである”との意見も委員会の中で聞かれました。今回、提言を改訂する背景となる臨床研究の知見を紹介します。

1)重症患者における有効性について

 入院加療を要するインフルエンザAによる感染症790名についての後方視的研究では、バロキサビル群359名とオセルタミビル群431名の比較において、30日死亡率には差がないものの(3.3% vs 6.0%, p=0.079)、治療開始後の低酸素血症からの回復に要する時間はバロキサビル群の方が短い結果でした(中央値52時間 vs. 72時間, p< 0.001)25)が、I38Xなど耐性変異の影響は触れられていません。
 入院を要する重症インフルエンザ患者を対象(A型が87%)として、オセルタミビルとバロキサビルの併用群241例と、オセルタミビル単独治療群125例の治療効果を比較した研究26)では、臨床的改善を認めるまでに要する時間は両群間ではほぼ同等(97.5時間 vs 100.2 時間; p=0.47)でした。なお、併用することによる新たな有害事象は認められていませんが、バロキサビルとNAIを併用した抗がん剤患者において、両者に耐性が出現したことが報告されています。この論文では、抗ウイルス薬の併用は適応外としていますが、重症インフルエンザにおける薬剤併用の臨床的意義については、更なる検討が望まれます。
 これらの知見より、推奨/非推奨を現時点で論じることはできませんが、内服薬の薬力学・薬効動態が不安定となる患者(血液透析患者、ショック、等)を除き、バロキサビルを重症患者の治療に単独で投与することは可能と考えます。

2)免疫抑制患者における有効性について

①臨床研究サブ解析からの知見

 前回の提言以降、免疫抑制患者を対象としたバロキサビルの臨床効果および抗ウイルス効果を検討した臨床研究の報告は見当たりません。
 上に述べた重症患者を対象とした研究25)において、免疫抑制状態(がん化学療法、HIV/AIDS、白血病/リンパ腫、骨髄移植、臓器移植、SLE、プレドニゾロン≧20mg/日、tacrolimus内服、等)と判断されたサブグループ103名の解析では、臨床的効果指標の改善においてオセルタミビルとの間に差は認められませんでした。

②症例報告から得られる知見

 ウイルス感染症に防御的に働く細胞性免疫が障害された患者のインフルエンザ治療について参照できる症例報告が数編あります。
 同種造血幹細胞移植を受け、GVHD予防目的に細胞性免疫を抑制する薬剤を投与された患者に発生したNAI低感受性株によるインフルエンザに対しバロキサビル による治療でウイルス排除に至った複数の事例報告があります27, 28)。一方で、薬剤の種類を問わず、重度の免疫抑制状態においてはウイルス排出が遷延するのみならず、薬剤低感受性ウイルスが排出され得ることが知られていますので29, 30)、バロキサビルについてもこの点に留意することが必要です。
 免疫抑制患者のインフルエンザの治療はオセルタミビルが主軸となっていますが、上記のような臨床研究サブ解析や症例報告などの知見でバロキサビルによる治療について一定の有用性が示されています。従って、免疫抑制患者においても、バロキサビルが治療薬の一つとなる可能性があります。治療効果や薬剤耐性については今後の更なる知見集積が必要です31, 32)

3. 12歳未満の小児に対するバロキサビル投与について

 12歳未満の小児に対するバロキサビルの投与については、今後も慎重な投与適応判断が必要です

【ハイライト】

  • 12歳未満のA型ウイルス感染例(PA/I38X変異株検出例は除く)およびB型ウイルス感染例におけるバロキサビルの臨床効果は、オセルタミビルに対し非劣性であることが示唆されています。
  • 12歳未満のA型ウイルス感染例では、バロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出される割合が高く、特にH3N2感染例では、50%~60%の患者でPA/I38X変異株が検出されることが報告されています。
  • 12歳未満の小児では、バロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出されると、非検出例と比較し、発熱以外の症状が改善するまでに要する時間では約2倍、感染性ウイルス排出時間についても明らかに遷延するとの報告があります。

1)バロキサビルの臨床的効果について

①. A型ウイルス感染例での効果

 1歳から12歳未満の小児を対象とし、バロキサビル投与群とオセルタミビル投与群とを比較したランダム化二重盲検試験(miniSTONE-2)9)では、対象者のほとんどがA型ウイルス感染例で、有熱時間(41.2時間 vs 46.8時間)と発熱以外の症状が改善するまでに要する時間(138.1時間 vs 150.0時間)について、両薬剤投与群の間で有意差は確認されていません。6歳から10歳までの患者を対象とした観察研究17)では、バロキサビル投与群とオセルタミビル投与群の有熱時間は24時間程度で有意差はありません。また、1歳から12歳未満のバロキサビル投与例での有熱時間は21.4時間であったとの報告もあります16)。なお、0歳から7歳未満の小児を対象としバロキサビル顆粒製剤を用いたオープンラベル第三相臨床試験33)では、H1N1感染例とH3N2感染例での有熱時間はそれぞれ45.3時間と26.8時間、発熱以外の症状が改善するまでに要する時間は58.9時間と26.8時間でした。
 19歳未満の患者を対象としたバロキサビル投与群とオセルタミビル投与群との間での比較観察研究のうち、12歳から19歳未満の患者を対象とした研究34)では、H1N1感染例とH3N2感染例の有熱時間について、両薬剤群間で有意差は確認されていません。一方で、3歳から19歳未満の患者を対象とした研究35)では、有熱時間について、H1N1感染例ではバロキサビル投与群で有意に短縮するものの(22.0時間 vs 29.5時間、p=0.01)、H3N2感染例で有意差は認めなかったことが報告されています。なお、19歳未満の患者を対象とした研究36)では、H1N1感染例での有熱時間については、バロキサビル投与群で有意に短縮するものの(12.1時間 vs 26.3時間、p<0.05)、発熱以外の症状が改善するまでに要する時間に有意差は認めなかったことが報告されています。

②. B型ウイルス感染例での効果

 上述の0歳から7歳未満の小児を対象としバロキサビル顆粒製剤を用いたオープンラベル第三相臨床試験33)では、有熱時間は30.7時間、発熱以外の症状が改善するまでに要する時間は41.7時間でした。同試験33)では、ほとんどの症例で投与4日目以降に感染性ウイルス量が再増加すること、また、約60%の症例で再発熱することが報告されています。19歳未満の患者を対象としたバロキサビル投与群とオセルタミビル投与群との間での比較観察研究のうち、3歳から19歳未満の患者を対象とした研究35)では、バロキサビル投与群で有熱時間が短縮することが報告されています(20.0時間 vs 55.0時間、p<0.001)。一方、19歳未満の患者を対象とした研究36)では、両薬剤群の間で有熱時間と発熱以外の症状が改善するまでに要する時間に有意差は認められていません。

【小括】

 バロキサビルの臨床効果は、オセルタミビルと比較し、A型ウイルス感染例およびB型ウイルス感染例で非劣性であることが示唆されています(ただし、A型ウイルスPA/I38X変異株検出例に関しては下記を参照下さい)。

2)小児におけるPA/I38X変異株について

①. バロキサビル投与後のPA/I38X変異株検出

 上述のminiSTONE-2試験9)では、19.3%の患者でバロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出されており、特に1歳から5歳未満の小児での検出率が31.3%と高いことが報告されています。同様に、6歳から12歳までの小児と比較し、6歳未満の小児でバロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出される割合が高くなることも報告されています(H1N1;0.0%vs 20.0%、H3N2;18.9%vs 52.2%)37)。一方、6歳から10歳までの小児であっても、H1N1感染例の25.0%、H3N2感染例の66.7%で、バロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出されたとの報告もあります17)
 12歳から19歳未満の患者を対象とした研究31)では、H1N1感染例の12.5%、H3N2感染例の14.1%の患者で、バロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出されています。CAPSTONE-1試験1)における12歳から19歳までの患者を対象としたサブグループ解析18)では、H3N2感染例の9.8%でバロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出されています。
 なお、小児16)および成人で18)PA/I38X変異株が検出される要因のひとつとして、発症時の血清抗体価が低いことが指摘されています。

②. PA/I38X変異株の臨床的影響

 6歳から10歳までの小児を対象とした観察研究17)と1歳から12歳未満の小児のみを対象とした研究16)では、PA/I38X変異株検出例と非検出例との間で有熱時間に有意差はないものの、発熱以外の症状が改善するまでに要する時間(35.8時間 vs 69.5時間、p<0.0517)、42.8時間 vs 79.6時間16))については約2倍、感染性ウイルス排出時間(3日間 vs 6日間、p<0.0117)、24.0時間 vs 180.0時間16))については、PA/I38X変異株検出例で非検出例よりも明らかに遷延することが報告されています。
 12歳から19歳未満の患者では、PA/I38X変異株検出例と非検出例との間で、臨床経過に差はないとする報告がある34)一方、CAPSTONE-1試験1)における12歳から19歳までの患者を対象としたサブグループ解析18)では、PA/I38X変異検出例の感染性ウイルス排出時間(144.0~192.0 時間)は、非検出例(72.0時間)やプラセボ群(120.0時間)より遷延することが確認されています。

小括

 実際の小児科診療の現場では、診察時に、バロキサビル投与後にPA/I38X変異株が検出されるかどうかを見極めることは困難です。さらに、バロキサビル投与後に検出されるPA/I38X変異株が臨床経過に与える影響について、12歳未満の小児では注視すべき結果が報告されています。

総括

 12歳未満の小児に対するバロキサビルの投与経験は少なく、本剤の推奨について考察する臨床的・ウイルス学的データも十分ではないため、今後も慎重な投与適応判断が必要です。さらに、薬剤投与前後での薬剤感受性サーベイランスの体制強化が望まれます

引用文献

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  21. Takashita E, Kawakami C, Ogawa R, Morita H, Fujisaki S, Shirakura M, et al.: Influenza A (H3N2) virus exhibiting reduced susceptibility to baloxavir due to a polymerase acidic subunit I38T substitution detected from a hospitalized child without prior baloxavir treatment, Japan, January 2019. Eur Surveill 2019; 24: 1900170. doi: 10.2807/1560-7917.ES.2019.24.12.1900170.
  22. Takashita E, Ichikawa M, Morita H, Ogawa R, Fujisaki S, Shirakura M, et al.: Human-to-human transmission if influenza A (H3N2) virus with reduced susceptibility to baloxavir, Japan, February 2019. Emerg Infect Dis 2019; 25: 2108-11. doi:10.3201/eid2511.190757.
  23. Imai M, Yamashita M, Sakai-Tagawa Y, Iwatsuki-Horimoto K, Kiso M, Murakami J, et al.: Influenza A variants with reduced susceptibility to baloxavir isolated from Japanese patients are fit and transmit through respiratory droplets. Nat Microbiol 2020; 5: 27-33. doi: 10.1038/s41564-019-0609-0.
  24. 国立感染症研究所 抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス
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  25. Shah S, McManus D, Bejou N, Tirmizi S, Rouse GE, Lemieux SM, et al.: Clinical outcomes of baloxavir versus oseltamivir in patients hospitalized with influenza A. J Antimicrob Chemother 2020; 75: 3015-22. doi:10.1093/jac/dkaa252.
  26. Kumar D, Ison MG, Mira JP, Welte T, Ha JH, Hui DS, et al.: Combining baloxavir marboxil with standard-of-care neuraminidase inhibitor in patients hospitalised with severe influenza (FLAGSTONE) : A randomized, parallel-group, double-blind, placebo-controlled, superiority trial. Lancet Infect Dis 2022; 22: 718-30. doi:10.1016/S1473-3099 (21) 00469-2.
  27. Harada N, Shibata W, Koh H, Takashita E, Fujisaki S, Okamura H, et al.: Successful treatment with baloxavir marboxil of a patient with peramivir-resistant influenza A/H3N2 with a dual E119D/R292K substitution after allogenic hematopoietic cell transplantation: a case report. BMC Infect Dis 2020; 20: 478. doi.org/10.1186/s12879-020-05205-1
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  29. Ison MG, Gubareva LV, Atmar RL, Treanor J, Hayden FG: Recovery of drug-resistant influenza virus from immunocompromised patients: a case series. J Infect Dis 2006; 193: 760-4. doi: 10.1086/500465.
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  33. Yokoyama T, Sakaguchi H, Ishibashi T, Shishido T, Piedra PA, Sato C, et al.: Baloxavir marboxil 2% granules in Japanese children with influenza: an open-label phase 3 study. Pediatr Infect Dis J 2020; 39: 706-12. doi: 10.1097/INF.0000000000002748.
  34. Saito R, Osada H, Wagatsuma K, Chon I, Sato I, Kawashima T, et al.: Duration of fever and symptoms in children after treatment with baloxavir marboxil and oseltamivir during the 2018-2019 season and detection of variant influenza A viruses with polymerase acidic subunit substitutions. Antiviral Res 2020; 183: 104951. doi: 10.1016/j.antiviral.2020.104951.
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  37. Hirotsu N, Sakaguchi H, Fukao K, Kojima S, Piedra PA, Tsuchiya K, et al.: Baloxavir safety and clinical and virologic outcomes in influenza virus-infected pediatric patients by age group: age-based pooled analysis of two pediatric studies conducted in Japan. BMC Pediatr 2023; 23:35. doi: 10.1186/s12887-023-03841-5.

2023年3月20日

一般社団法人日本感染症学会 インフルエンザ委員会
青木洋介、川名明彦、國島広之、佐藤晶論、新庄正宜、菅谷憲夫、関 雅文、永井英明、
廣津伸夫、藤田次郎、三鴨廣繁、石田 直(委員長)

利益相反自己申告
青木洋介はMSD(株)、塩野義製薬(株)、ファイザー(株)から講演料を受けている。
青木洋介は塩野義製薬(株)から奨学(奨励)寄附金を受けている。
國島広之はアステラス製薬(株)、MSD(株)、塩野義製薬(株)、ミヤリサン製薬(株)から講演料を受けている。
関 雅文はMSD(株)、杏林製薬(株)、サノフィ(株)、塩野義製薬(株)、第一三共(株)、大正製薬(株)、大日本住友製薬(株)、ファイザー(株)、Meiji Seikaファルマ(株)から講演料を受けている。
永井英明はMSD(株)、グラクソ・スミスクライン(株)塩野義製薬(株)から講演料を受けている。
廣津伸夫は塩野義製薬(株)から講演料を受けている。
藤田次郎は杏林製薬(株)、ギリアド・サイエンシズ(株)、塩野義製薬(株)、第一三共(株)、ファイザー(株)、日本ベーリンガーインゲルハイム(株)から講演料を受けている。
藤田次郎は大塚製薬(株)から奨学(奨励)寄附金を受けている。
三鴨廣繁はアステラス製薬(株)、MSD(株)、杏林製薬(株)、ギリアド・サイエンシズ(株)、グラクソ・スミスクライン(株)、興和(株)、サノフィ(株)、サラヤ(株)、塩野義製薬(株)、住友ファーマ(株)、第一三共(株)、大日本住友製薬(株)、(株)ツムラ、日本ベクトン・ディッキンソン(株)、ファイザー(株)、ファイザーR&D(同)、(株)フコク、富士フイルム富山化学工業(株)、ミヤリサン製薬(株)、Meiji Seikaファルマ(株)から講演料を受けている。
三鴨廣繁はあすか製薬(株)、アボットダイアグノスティクスメディカル(株)、オーソ・クリニカル・ダイアグノスティックス(株)、杏林製薬(株)、サラヤ(株)、東ソー(株)、Pfier Inc.、ファイザー(株)、(株)フコク、ブルカージャパン(株)ミヤリサン製薬(株)、Meiji Seikaファルマ(株)、ロシュ・ダイアグノスティクス(株)から研究費を受けている。
三鴨廣繁は旭化成ファーマ(株)、塩野義製薬(株)、住友ファーマ(株)、第一三共(株)、大日本住友製薬(株)、(株)テックインターナショナル、ニプロ(株)、(株)フコク、富士フイルム富山化学工業(株)、(株)モリイから奨学(奨励)寄附金を受けている。
石田 直は杏林製薬(株)、塩野義製薬(株)から講演料を受けている。
川名明彦、佐藤晶論、新庄正宜、菅谷憲夫については申告すべきものなし。

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