日本感染症学会

感染症トピックスTopics

一般の方への情報提供:大腸菌O157、O111を正しく理解するためのQ&A

最終更新日:2011年6月9日

質問をクリックすると回答が表示されます。

 皆さんご存知のように、大腸菌は誰もが腸の中に持っている菌です。もし大腸菌が尿路系に入れば膀胱炎などを起こしますが、腸の中にいるだけでは病気は起こしません。つまり通常の大腸菌は病原性(毒力)が低いのです。しかし大腸菌の中にも病原性が強いものがいます。病原性が強くて下痢などの症状を起こす大腸菌は、下痢原性大腸菌などと呼ばれていますが、これらは腸の中にいるだけでも病気を起こしてしまいます。つまり通常私達が腸の中に持っている大腸菌と、病原性が強い大腸菌はしっかり分けて考えるべきものなのです。
 大腸菌には表面にいくつかの種類の抗原があり、血清型という方法でグループ分けに用いられています。O抗原もその中でよく用いられるタイプの抗原ですが、大腸菌O157は、O抗原が157番目に見つかったためにこの番号がつけられました。このグループに属している菌は赤痢菌が出すのと同じ種類の毒素(ベロ毒素)を作り出すので、赤痢と同様に出血を伴う下痢が起こります。通常、O157は正式にはH抗原と組み合わせて、腸管出血性大腸菌O157:H7と呼ばれています。
 ベロ毒素を作り出す腸管出血性大腸菌はO157以外にも、O1、O18、O26、O111、O128などの種類があります。ただしこれまで人に病気を起こしてきた腸管出血性大腸菌の大半はO157でしたので、それ以外の種類はあまり一般には知られていませんでした。ユッケの食中毒で話題になったO111については、基本的な性質はO157と変わらず、病気の症状なども大きな差はないと考えられます。ただし今回、富山県での集団発生の事例をみてみると、感染者のおよそ4分の1が入院し、入院患者の7割以上が後に述べる溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併した重症例ですので、通常のO111と比べて病原性が強い菌で流行が起こった可能性があります。
 これらの菌は、通常、牛などの家畜が腸の中に持っています。牛自体は菌を持っていても症状が出ることは少ないので、外見だけでは保菌(菌を持っていること)の有無を確認することはできません。この菌がどのようにして人に感染するのかについてはいくつかのルートが考えられますが、牛を発端として考えた場合は、保菌している牛が食肉として提供される際に、菌が食肉に付いてしまう可能性が最も多いと思われます。それ以外には、牛を飼育している環境が汚染されて、その周辺で作られている野菜などに菌が入ってしまう可能性も否定はできません。また菌が体の中に入ると、その人の腸の中に菌を保菌し続ける場合もあります。もし保菌している人が調理を行った場合には、食べ物に菌が付着して、それを食べた人達が感染する可能性もあります。
 腸管出血性大腸菌の中でもO157はこれまで多くの集団感染を繰り返してきました。諸外国でも多くの事例があり、米国ではハンバーガーやほうれん草などを介したO157による食中毒が発生し、死亡例も出ています。
 国内でも各地で流行が起こっており、特に小学校や幼稚園、老人保健施設での集団感染が多く起こっています。原因となったものは給食や井戸水などがありますが、特定できなかった事例も多いようです。最近の例では2009年にステーキチェーンで出された角切りステーキや2011年に焼肉チェーン点で出されたユッケなどが原因となった集団感染例が発生しています。
 感染症情報センターの報告では2009年には約3,800人の腸管出血性大腸菌感染症が報告されています(http://idsc.nih.go.jp/disease/ehec/2009prompt/index53.html)。その大半はO157によるものですが、その次にO26が占めており、O111の感染例の報告も年間70例以上報告されています。
 腸管出血性大腸菌による食中毒は気温が高い時期に多く発生する傾向がみられます。菌は温度が高い方が繁殖しやすいことが最も大きな理由だと考えられます。ただし数は少なくとも寒い時期でも感染を起こす可能性はありますので、いつでも注意は必要です。
 菌が口から入って、通常2~3日後に腹痛、下痢、嘔気、嘔吐、発熱などの症状がでて、その後、血が混じった下痢になります。典型例では真っ赤な色の下痢が出る場合があります。人によっては1週間以上経過してから症状があらわれる場合があります。どの時点でどのような治療を受けるかによってもその後の状態は変わりますが、問題となるのは一部の感染者の中に溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併することがあることです。そうなると感染された方の一部には亡くなる方も出てきます。
 腸管出血性大腸菌が産生するベロ毒素が赤血球や腎臓の細胞を破壊するために起こる疾患です。溶血性貧血、腎機能障害、血小板減少症が主な特徴です。腸管出血性大腸菌に感染した患者の1~10%程度が溶血性尿毒症症候群を合併するといわれていますが、小児では特に合併する頻度が高いようです。
 下痢や腹痛、発熱など腸炎の症状が現れてから4~10日目頃に尿量の減少、浮腫、皮膚の出血斑などの症状を認めます。中枢神経に影響が及んだ場合は頭痛、意識障害、痙攣がみられ、急性脳症を伴う場合もあります。検査では貧血、血小板減少、黄疸、電解質異常、血尿、たんぱく尿が認められます。死亡率は数%程度といわれていますが、治療のタイミングなどで大きく影響されます。
 大腸菌O157やO111などの腸管出血性大腸菌は患者の腸の中にいますので、便を調べることで菌の存在を確認できます。便の培養を行って大腸菌が検出された場合、O抗原の型を調べてO157やO111などの確認ができます。ただし型が確認できても、本当にベロ毒素を産生しているかどうかも大切なポイントになりますので、さらに検査を行って毒素産生の有無を確認します。なお、培養には時間を要するためその場で結果がわかるわけではありません。しかしより迅速に確認するためにさまざまな簡易検査キットが開発されており、それらを用いることで短時間で確認することが可能になっています。
 この病気は腸の中で腸管出血性大腸菌が増えて毒素を産生して悪さをしているので、まずは菌を増やさないように抗生物質が投与されます。さらに食事は制限され、脱水を予防するために点滴などが行われます。入院による治療が必要かどうかは医師の判断に委ねられますが、重症化する可能性が高いと判断された場合には入院が勧められます。なお、下痢止めを使用すると腸管の中に毒素が溜まって逆に状態が悪化する可能性があるので、使用すべきでないといわれています。
 腸管出血性大腸菌の感染の大半は菌が付着した食事を食べて起こります。牛肉が最も感染の頻度が高いので、生食用として出されているもの以外は生のまま食べるのは控えた方が良いでしょう。もし菌が付着していても肉の表面にしか通常、菌はいませんので、ちゃんと火が通っていれば問題ありません。75℃、1分以上の加熱で菌は死滅するといわれていますが、ハンバーグの場合は内部にまでしっかり熱が通るように調理する必要があります。
 調理の際にはまな板や包丁、あるいは手を介して肉以外の食品に菌がうつる可能性もあるので衛生管理が重要です。まず調理の前は手を洗い、肉料理は最後に回して、それ以外の料理を先に行いましょう。肉を調理する際はしっかりと加熱します。調理が終わったら、まな板や包丁、台ふきんなどは熱湯をかけて消毒します。できればまな板や包丁は肉とそれ以外で用途別に分けられると管理がしやすいと思います。調理中に触った冷蔵庫の取っ手や水道の栓、調味料なども場合によっては菌が付着してしまいますので、心配な場合は消毒薬などを含んだペーパーで拭き取れば良いと思います。市販されているほとんどの食肉には腸管出血性大腸菌は付着していませんので、ここに述べた対応はやや過剰と受けとめられるかもしれませんが、特に夏場の高温多湿の状況では腸管出血性大腸菌に限らず食中毒を起こしやすい時期ですので、調理の際の衛生管理は重要です。
 食事以外に腸管出血性大腸菌に感染するルートは、感染者から直接あるいは間接的に菌がうつる場合が考えられます。例えば感染者が自宅で家族に感染させてしまうような事例がそれに該当します。おそらく感染者は下痢などでトイレの環境を汚染させ、さらにドアノブなど誰もが触る場所を菌が付いた手で触り、他の人にうつってしまう可能性があります。腸管出血性大腸菌に限らず食中毒の菌は便にもたくさん出てきますので、下痢をしている人はトイレを使用後に便座などをきちんと消毒用のティッシュで拭き、しっかりと手洗いをして、共用のタオルなどは使用しないことが大切です。

災害と感染症対策委員長 松本 哲哉
(東京医科大学微生物学講座・東京医科大学病院感染制御部)

Copyright © The Japanese Association for Infectious Diseases All Rights Reserved.
このページの先頭へ