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カンピロバクター腸炎(Campylobacter enteritis)
病原体
Campylobacter属菌。腸炎を起こす代表的な菌はC. jejuniとC. coliでありC. jejuniが90%程度を占める。C. jejuniは家禽類(ニワトリなど)、C. coliはブタに多く生息する。
感染経路
本菌に汚染された飲食物を介した経口感染が主な感染経路である。国内では不十分な加熱処理の鶏肉の摂取による感染が大半を占める。家畜やペットとの直接接触からの感染、汚染水や生乳からの感染事例もある。稀に性行為による感染事例もある。
流行地域
Campylobacterは世界中に生息している。特に、熱帯・亜熱帯地域が多い。
発生頻度
2019~23年の本邦のC. jejuni,またはC. coliによる食中毒の発生件数は平均204件/年、患者数は平均1,303人である。発生は特に夏に多いが、年間を通して報告がある。
潜伏期間・主要症状・検査所見
典型的な潜伏期間は2~5日程度である。腹痛、嘔吐、下痢、血便といった消化器症状を認める。まれに下痢よりも腹痛が前面に出ることがある。便の性状は軽度の軟便から水様便、潜血便、肉眼的血便まで様々であり、便性状からの判断は難しい。約3分の1の症例では消化器症状前に発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛などインフルエンザ様症状が先行することがある。便検査で潜血、白血球を認め、便のグラム染色ではカモメ状(Gull-wing)のグラム陰性桿菌を確認できることがあり、特異度は高いが、感度は低いため便グラム染色のみでは判断しない方がよい。
予後
一般的に予後良好な疾患であり、基本的に消化器症状は1週間以内に改善する。合併症として、1,000~2,000例に1例程度でギランバレー症候群を感染1~3週間後に発症することがあるため、診断した際には患者にその旨を説明する。その他の合併症として反応性関節炎(2.6%)、菌血症(1%程度)を呈することがある。
感染対策
鶏肉を中心とした生肉料理、不十分な殺菌の水や生乳・生乳製品の摂取を避ける。調理者は獣肉調理時の不十分な加熱処理、調理器具や手を介しての食品の二次汚染に注意する。本菌は乾燥に弱い為、調理器具や機材の十分な乾燥を心掛ける。
感染者に対応する際には、標準予防策として手指消毒を行う、また、排便が自立していない患者に対応する際は標準予防策としてガウン・手袋を着用する。
法制度
感染性胃腸炎は感染症法上の五類感染症の定点把握疾患であり、届出指定医療機関では本症と診断した際は、診断後翌週始めに届出を行う。本症が食中毒と判断される場合、食品衛生法に基づき直ちに最寄りの保健所に届け出る。
診断
リスクのある食事歴(鶏肉、豚肉の加熱不十分な調理)、先行する発熱後に下痢を認めた際には本症を念頭におき、職業歴、食事歴、同じ食事をした人の症状を確認する。便培養で本菌を分離することで確定診断となる。
診断した(疑った)場合の対応
問診:詳細な食事歴、渡航歴を確認する。同じ食事をした人も同じ症状がある場合は食中毒を想起する。海外渡航者の際は特に飲料水などの水曝露の状況も確認する。
検査:便培養は特殊な条件が必要で、オーダー時に本症を疑っていることを明記する。
治療(応急対応)
原則は対症療法である。経口補液を励行し、経口摂取が難しい場合や脱水を認める際に補液を行う。抗菌薬は原則不要である。入院を要するような重症の場合や免疫不全の背景がある際には抗菌薬投与を考慮する。フルオロキノロン系抗菌薬に対する耐性化が進んでおり、クラリスロマイシンまたはアジスロマイシンで治療を行う。小児でマクロライド系薬が投与できない場合は、ホスホマイシンを投与する。
専門施設に送るべき判断
一般医療機関で診療可能な疾患である。
患者の重症度やまれに発生する合併症に応じて高次医療機関への転送を検討する。
専門施設、相談先
専門施設はない。食中毒などの関連を疑う際は保健所に相談する。
役立つサイト、資料
- 国立感染症研究所 カンピロバクター感染症.IDWR 2005年第19号.
https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ka/campylobacter/010/campylobacter-intro.html - CDC Clinical Overview of Campylobacter
https://www.cdc.gov/campylobacter/hcp/clinical-overview/index.html - 厚生労働省令和5年食中毒発生状況(概要版)
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001213031.pdf - 厚生労働省カンピロバクター食中毒予防について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/campylobacterqa.html - 抗微生物薬適正使用の手引き 第三版
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001169116.pdf - Mandell, Douglas, and Bennett's Principles and Practice of Infectious Diseases. 2020. p.2650-2659
- Kaakoush NO, Castaño-Rodríguez N, Mitchell HM, Man SM (2015) Global epidemiology of campylobacter infection. Clin Microbiol Rev 28 (3) : 687–720.
(利益相反自己申告:申告すべきものなし)
東京科学大学大学院医歯学総合研究科統合臨床感染症学分野 長原 慶典、田頭 保彰