日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年7月23日

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腸管出血性大腸菌感染症(enterohemorrhagic Escherichia coli

病原体

下痢を引き起こす大腸菌は下痢原性大腸菌と呼ばれ、一般的に5種類(腸管毒素原性大腸菌・腸管病原性大腸菌・腸管侵入性大腸菌・腸管凝集性大腸菌・腸管出血性大腸菌)に分類される。本稿では、このうち腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli :EHEC)について述べる。
EHECは、ベロ毒素(Shiga toxin)を産生する大腸菌が引き起こす感染症の原因菌である。そのため、本菌は志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin-producing E. coli :STEC)あるいはベロ毒素産生性大腸菌(Verotoxin-producing E. coli :VTEC)とも呼ばれる。厳密にはSTECのうち出血性大腸炎をきたすものがEHECであるが、便宜上、本稿ではEHECで統一する。
EHECの病原因子として、ベロ毒素の他、腸上皮への接着に関わるインチミンに代表される定着因子がある。菌体表面に存在するO抗原、鞭毛に存在するH抗原による血清型で分類され、本邦ではO157、次いでO26、O111が多い。

感染経路

経口感染により感染する。経路としては食中毒が最も多く、次いでヒト-ヒト感染、湖などの水を介した感染、動物接触の順に多い。10-100個と少量の菌量で感染が成立する。

流行地域

渡航者下痢症でみられることもあるが、国内の食中毒での報告が多い。散発的な流行に加え、汚染食品が全国へ運搬・拡散されることで同時多発的に流行が起こることがある。

発生頻度

本邦では1990年埼玉県浦和市の井戸水を原因としたO157集団発生事件以来、届出数は全国で毎年3,000-4,000件(2018年東京都では466件)となっており、決して稀な疾患ではない1)。発生時期としては夏に多いが、冬にみられることもある。

潜伏期間・主要症状・検査所見

典型的には3-4日の潜伏期をおいて、1-3日間の水様便の後に、血便となる。他の細菌性腸炎と比して高熱になりにくく、腹痛が強い2)。Slutsker Lらの研究では、EHECの患者のうち65%が、血便の病歴、来院時の肉眼的血便、37.8℃以下、末梢血白血球数10,000/μL以上のうち3項目以上を認めていた3)。一方で無症候性感染も報告されているように4)、症状が非常に軽微なことも多い。
溶血性尿毒症症候群(Hemolytic-uremic syndrome :HUS)は、EHEC罹患者の6-9%で、下痢など症状出現から5-10日後に出現する。10歳以下の小児では15%とより高率となる。溶血性貧血、血小板減少、急性腎障害を三徴とし、中枢神経障害を合併することもある。

予後

合併症のない軽症のEHECは約1週間で症状は消退する。EHEC全体の致死率は1-2%であるが、HUSを発症すると重症化し、致死率は3-5%となる。

感染対策

標準予防策で対応可能であるが、排便介助やおむつが必要な場合は接触予防策を行う。75℃以上で1分間の加熱により殺菌が可能であるが、食物の中心温度が十分に上昇していない場合には感染源となり得る。

法制度

感染症法で3類感染症に指定されており、確定患者、疑似症患者、無症状病原体保有者、死亡者は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。学校保健安全法では第3種の感染症に定められており、感染のおそれがないと医師により認められるまで出席停止となる。食中毒が疑われる場合は、食品衛生法により直ちに最寄りの保健所に届け出る。

診断

確定診断には便培養が必須である。便培養による菌の分離、生化学的同定、血清型別、ベロ毒素試験等を行う。発症から6日間以内が検査提出に適している。免疫血清やベロ毒素キットが無い施設では、高度医療機関へ患者紹介あるいは、地方衛生研究所(東京都では東京都健康安全研究センター)に検体を提出する。

診断した(疑った)場合の対応

重症化が予想される場合は入院を検討する。

治療(応急対応)

対症療法が原則である。軽症例は約1週間で症状は消退する。HUSを発症した場合は、急性期には約半数が腎代替療法を要するため、重症対応が可能な施設での入院が望ましい。
抗菌薬投与の是非については、一定の見解は得られていない。国内のガイドラインでは「推奨は統一されていない」と記載され5)、米国のIDSAガイドラインでは、「ベロ毒素を産生する大腸菌に対して抗菌薬を使用しない」ことを推奨している6)
小児を中心に抗菌薬投与がHUS発症と関連があったとの報告7,8)がある一方、抗菌薬投与により痙攣・死亡率の低下・便からの菌体排泄期間が短縮したという報告9)もある。HUS発症リスクを踏まえると、EHECが疑われる症例においては、使用は慎重にならざるを得ない。
EHECの診断がついていない状況で治療を行う場合は、in vivoでのトキシン抑制が報告されているアジスロマイシンが現時点では良い選択である10)。耐性がなければレボフロキサシンでも治療可能だが、トキシン産生が多いとの報告が複数ある10,11)。止痢薬はHUS発症リスクを高めるため、使用は避ける。

専門施設に送るべき判断

HUSを発症している場合は、高次医療機関への搬送を検討する。

専門施設、相談先

重症例では、各医療圏の集中治療室を有する高次医療機関への相談が望ましい。

役立つサイト、資料

  1. 東京都感染症情報センター http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/
  2. Tarr PI, et al. Shiga-toxin-producing Escherichia coli and haemolytic uraemic syndrome. Lancet. 2005;365(9464):1073-86.
  3. Slutsker L, et al. Escherichia coli O157:H7 diarrhea in the United States: clinical and epidemiologic features.Ann Intern Med. 1997;126(7):505-13.
  4. Stephan R, et al. Virulence factors and phenotypical traits of verotoxin-producing Escherichia coli strains isolated from asymptomatic human carriers. J Clin Microbiol. 1999;37(5):1570-2.
  5. 一般社団法人日本感染症学会、公益社団法人日本化学療法学会 JAID/JSC感染症治療ガイド・ガイドライン作成委員会 腸管感染症ワーキンググループ:JAID/JSC感染症治療ガイドライン2015 ―腸管感染症―. 感染症誌2015;90:31-65
  6. Shane AL, et al. 2017 Infectious Diseases Society of America Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Infectious Diarrhea. Clin Infect Dis. 2017;65(12):e45-e80.
  7. Wong CS, et al. Risk factors for the hemolytic uremic syndrome in children infected with Escherichia coli O157:H7: a multivariable analysis. Clin Infect Dis. 2012 ;55(1):33-41.
  8. Freedman SB, et al. Shiga Toxin-Producing Escherichia coli Infection, Antibiotics, and Risk of Developing Hemolytic Uremic Syndrome: A Meta-analysis. Clin Infect Dis. 2016;62(10):1251-8
  9. Menne J, et al. Validation of treatment strategies for enterohaemorrhagic Escherichia coli O104:H4 induced haemolytic uraemic syndrome: case-control study. Brit Med J 2012; 345:e4565.
  10. Zhang Q, et al. Gnotobiotic piglet infection model for evaluating the safe use of antibiotics against Escherichia coli O157:H7 infection. J Infect Dis. 2009 ;199(4):486-93.
  11. Bielaszewska M, et al. Effects of antibiotics on Shiga toxin 2 production and bacteriophage induction by epidemic Escherichia coli O104:H4 strain. Antimicrob Agents Chemother. 2012;56(6):3277-82.
  12. 溶血性尿毒症症候群の診断・治療ガイドライン
    https://cdn.jsn.or.jp/academicinfo/report/hus2013book.pdf

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

東京都立駒込病院 藤原 翔

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