日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2025年4月13日

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炭疽(anthrax)

病原体

炭疽菌/Bacillus anthracis

感染経路

①経皮感染、②経口感染、③経気道感染

流行地域

世界各地には、炭疽が地方流行(Endemic)となっている地区があり、特にスペイン中部からギリシャ、トルコ、イラン、パキスタンに及ぶ地区は、炭疽ベルトと呼称されている1)。トルコは高度地方流行地域であり、年間300~600名程の発症が見られている。東・東南アジアの中では、ミャンマーが高度地方流行地域、中国、ベトナム、カンボジア、フィリピン、インドネシアが中程度地方流行地域、韓国、台湾、ラオス、タイは散発流行地域とされている2)。近年は家畜への炭疽ワクチン投与や衛生的管理により先進国での自然発生は稀となっている。しかしながら、芽胞形成菌の特徴を生かして第二次世界大戦の前後から生物剤としての研究がすすみ、国内では1990年代にカルト教団がテロを計画、米国では2001年に米国人科学者がテロを実行するなど、生物テロ発生が公衆衛生上の問題となっている。

発生頻度

かつて国内では、輸入骨肉肥料や皮革などを介した感染が散発していた。1965年に岩手県で病牛に関連したアウトブレイクが報告されたが、それ以降は年間1~2名程度であり、1994年の2例発生(宮城県と東京都)以降は、現在(2025年3月)まで報告されていない。

潜伏期間・主要症状・検査所見

(1)皮膚炭疽
2~3日の潜伏期の後、かゆみを伴う水疱が形成され、次第に無痛性の黒色の悪性膿疱(eschar)を形成する。約80%は自然緩解するが、2次感染が起こると化膿、疼痛、発熱、リンパ節腫脹が出現する。敗血症により死亡することもある。致死率は5~20%とされている。

(2)腸炭疽
2~5日の潜伏期後に、悪心、嘔吐、食欲不振により発症、次いで発熱、腹痛、吐血、下痢(時に血性下痢)が出現し、ショック、チアノーゼを呈し死亡する。腸炭疽の致死率は20~60%とされる。腸病変部は回腸下部および盲腸に多い。

(3)肺炭疽
1~7日の潜伏期後に、軽度の発熱、から咳、全身倦怠感、筋肉痛等を訴える。数日すると突然の呼吸困難、喘鳴、発汗、チアノーゼ、ショックを呈する。この段階に達すると通常、24時間以内に死亡する。胸部X線では、縦隔の拡大が見られる。

(4)髄膜炭疽
皮膚炭疽の約5%、肺炭疽の2/3に続発するが、まれに初感染の髄膜炭疽もある。予後は極めて悪く、発症後2~4日で100%が死亡する。

予後

上記のごとく病型により異なる。

感染対策

患者からのヒト―ヒト感染はないため、標準予防策で対応する。エアロゾル化する芽胞を含んだ粉末やその他の物質を扱う場合は、空気予防策、接触予防策が必要で、環境や被害者の除染が済むまで継続する。芽胞により汚染された物品は、次亜塩素酸による消毒を行う。

法制度

感染症法では四類感染症に規定されており、患者、無症状病原体保有者、死亡者、死亡疑いを診断した医師は直ちに届け出る。炭疽菌は感染症法上二種病原体等で、扱うにはBSL-3が要求され、所持する場合には許可が必要である。

診断

皮膚病巣の滲出液、血液、喀痰、髄液などの検査材料から直接塗抹標本を作製して、グラム染色を行う。鑑別として同じBacillus属のセレウス菌が重要である。培養は、血液寒天培地を用いて37℃で行い、表面が粗で周辺はカールした頭髪状の辺縁を呈した、いわゆるメドゥーサの頭状のコロニーを確認する。重炭酸塩培地上CO2存在下でムコイド型のコロニーを形成する。γファージ溶菌試験、遺伝子増幅法(PCR)による診断も可能である。

診断した(疑った)場合の対応

国内では通常発生していない感染症であり、迅速に対応を行う必要から疑いの段階で保健所に通報することが必要である。

治療(応急対応)

治療は、抗菌薬による治療のほか、外科的治療、抗毒素(免疫グロブリン製剤など)に加えて、全身管理(補液、酸素投与、気道確保、昇圧剤投与など)を含む治療が重要である。抗菌薬としては、ペニシリン、クラリスロマイシン、テトラサイクリン、クリンダマイシン、ニューキノロンなどが有効である。ただし生物テロではペニシリン耐性株が使用される可能性が高いことに注意する。

(1)皮膚炭疽の場合:初期治療薬として、シプロフロキサシンまたはドキシサイクリンを経口投与する。薬剤感受性試験により経口ペニシリンを用いることができる。

(2)肺炭疽、腸炭疽の場合:初期治療薬として静脈注射で治療を行う。シプロフロキサシン静注を基本とし、抗菌薬感受性試験で有効である1~2剤を併用する。その例として、シプロフロキサシン注400㎎8時間ごと+クリンダマイシン注900㎎8時間ごとまたは、シプロフロキサシン注400㎎8時間ごと+リネゾリド注600㎎12時間ごとなどを考慮する。臨床的に回復すれば経口薬(シプロフロキサシンまたはドキシサイクリン)に切り替える。

(3)髄膜炎や気管支および頚部の浮腫が強い場合:リネゾリドなど髄液移行性の良い抗菌薬による治療に加えて、ステロイド剤を使用する。

これらの医薬品は、適応症、用量において保険適応外となっているものが多いが、2001年の炭疽菌テロ事案発生後に、厚生労働省保険局医療課長から「炭疽菌に感染した患者の治療を目的として、炭疽菌に対する感受性を有すると考えられる薬剤を使用することは、健康保険上差し支えないものとする」と通知された。(保医発第271号、平成13年11月16日)

専門施設に送るべき判断

重症化事例。

専門施設、相談先

最寄りの保健所に相談する。

役立つサイト、資料

  1. 国立感染症研究所.炭疽.2024年1月.https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ta/anthrax/010/anthrax-intro.html
  2. 斎藤智也、石金正裕、大曲貴夫、小林彩香、松井珠乃、奥谷品子、森川茂. 炭疽菌による生物テロへの公衆衛生対応, 保健医療科学, 2016, Vol.65, No.6, 548-560, https://www.niph.go.jp/journal/data/65-6/201665060004.pdf
  3. 東京都.Ⅱ各論編4 四類感染症(19)炭疽、東京都感染症マニュアル2018, 190-191
  4. 国連食糧農業機関.Anthrax outbreaks:a warning for improved prevention, control and heightened awareness,
    http://www.fao.org/3/a-i6124e.pdf
  5.  

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

防衛医科大学校防衛医学研究センター 加來 浩器

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