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腸チフス・パラチフス(Typhoid & Paratyphoid Fever)
病原体
腸チフス・パラチフスの病原体は、それぞれチフス菌(Salmonella enterica subspecies enterica serovar Typhi)・パラチフス菌(Salmonella enterica subspecies enterica serovar Paratyphi A)である。
感染経路
汚染された水や食品を介して経口感染する。一般的に103個以上の菌を摂取すると感染が成立する。腸管上皮細胞およびパイエル板に近接したM細胞に菌が侵入し、マクロファージおよび樹状細胞内での食菌を回避する。その後、腸管膜リンパ節で増殖を続け、リンパ管を介して菌血症を引き起こす。
流行地域
衛生水準の低い熱帯・亜熱帯地域を中心に流行しており、特に南アジア、次いで東南アジアでの罹患率が高い。
発生頻度
世界では年間1,100~2,100万人が腸チフスに罹患し、13~16万人以上が死亡している。パラチフスの発生頻度は腸チフスの1/2~1/3程度であるが、近年アジアを中心に増加している。日本(コロナ禍以前)では、年間30~70例程度の報告数で推移しており、その80%は輸入事例である。国内でも食中毒による集団発生が報告されている。
潜伏期間・主要症状・検査所見
7~14日(報告によっては3~60日)の潜伏期間を経て発症する。主な症状は、発熱に加え、頭痛(38~94%)、関節痛(20~76%)、咳嗽(21~45%)などのインフルエンザ様症状である。腹部症状の頻度は、下痢(49~55%)、便秘(30~40%)、腹痛(30~40%)と高くはない。古典的3徴(比較的徐脈、バラ疹、脾腫)が揃うことは稀であり、症状や血液検査所見で他の発熱性熱帯感染症と区別することは困難である。
予後
抗菌薬時代前の致死率は10~30%と高かったが、近年では0.95%(先進国では0.4%)まで低下している。致死率は0.95%(先進国では0.4%)である。合併症として、発症3~4週目に回盲部パイエル板の壊死に伴った消化管出血(10%未満)や消化管穿孔(1~3%)を起こすことがある。また、チフス脳症や痙攣、髄膜炎を生じうる。
感染対策
標準予防策で対応する。
法制度
感染症法の三類感染症であり、患者および無症状病原体保有者を診断した医師は直ちに保健所に届け出るよう義務付けられている。また、学校保健安全法では第三種学校感染症に指定されており、医師が感染のおそれがないと認めるまで出席停止とする。食中毒が疑われる場合は食品衛生法に基づき、24時間以内に保健所に届け出る。
診断
2か月(特に1~2週間)以内にアジア、アフリカ、中南米に渡航歴のある発熱患者に対して、腸チフス・パラチフスを疑う。確定診断は、菌の分離・同定であるが、血液培養(40~80%)や便培養(30~65%)からの検出率はさほど高くはない。骨髄液からの培養検出率は80~98%と高く、尿、バラ疹、十二指腸液からの分離培養も可能である。
診断した(疑った)場合の対応
適切な治療を施しても、治療終了1~3週間後に5~10%が再発する。また、2~5%は1年以上も便や尿から菌を排出する慢性キャリアとなる。そのため、再発や慢性キャリアという特徴を患者に説明する必要がある。また、治療後1か月以降経過した時点で排菌確認のために保健所から便培養検査(3回)を指示される旨も伝える。
治療(応急対応)
流行地域でフルオロキノロン低感受性株が増加しており、薬剤感受性が判明するまでは、セフトリアキソン点滴静注もしくはアジスロマイシン内服を選択する。仮にフロオロキノロン系薬が感性であれば、治療効果の最も高いフロオロキノロン系薬内服に変更する。パキスタンやイラクではESBL産生チフス菌が流行しているため、経験的治療としてメロぺネム点滴静注もしくは併用療法(セフトリアキソン点滴静注+アジスロマイシン内服など)を考慮する。
専門施設に送るべき判断
合併症を伴う重症例およびESBL産生株による感染や無症候性病原体保有者(特にフルオロキノロン低感受性株の場合)は専門医へ相談する。
専門施設、相談先
日本渡航医学会の帰国後診療医療機関リストを参照。
https://plaza.umin.ac.jp/jstah/03posttravel/index.htm
役立つサイト、資料
- World Health Organization. Typhoid.
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/typhoid - World Health Organization. Typhoid and other invasive salmonellosis. Last updated: September 5, 2018.
https://cdn.who.int/media/docs/default-source/immunization/vpd_surveillance/vpd-surveillance-standards-publication/who-surveillancevaccinepreventable-21-typhoid-r2.pdf - CDC. Travelers' Health. Typhoid & Paratyphoid Fever.
https://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2024/infections-diseases/typhoid-and-paratyphoid-fever
(利益相反自己申告:
講演料:ギリアド・サイエンシズ株式会社、ファイザー株式会社、MSD株式会社、グラクソ・スミスクライン株式会社、Meiji Seikaファルマ株式会社)
佐賀大学医学部附属病院 感染制御部 的野多加志