17狂犬病(rabies)
病原体
原因ウイルスはラブドウイルス科リッサウイルス属の狂犬病ウイルス(rabies virus,RV)。
感染経路
ヒトは狂犬病ウイルス(RV)に感染し発病した動物(イヌ、アライグマ、コウモリ、ネコ、キツネなど)に咬まれてRVに感染して狂犬病を発症する。ただし、ヒトがネコやキツネからRVに感染したことが確認された事例はなく、ほとんどの患者はRVに感染して唾液にRVを排泄するイヌ(狂犬)に咬まれて発症する事例である。アメリカ大陸ではイヌだけでなく、コウモリやアライグマに咬まれて狂犬病を発症する事例も報告されている。狂犬病で死亡したと分からずにその患者が臓器提供者となり、臓器移植(例えば角膜移植等)を介してRVに感染した事例もある。
流行地域
日本、英国、オーストラリア、ニュージーランドなどの一部の国々を除いて、狂犬病は世界的に流行しており、海外のほとんどの国でRVに感染するリスクがある。特に東南アジア、インド亜大陸、アフリカや南米諸国では狂犬病患者が比較的多く発生している。
発生頻度
多くの患者はアジアとアフリカから報告され、毎年約30,000-50,000人の患者が狂犬病で死亡しているとされる。過去、日本でもアジア(フィリピン)からの狂犬病輸入感染症事例が発生している。1970年に日本で発生した狂犬病輸入感染事例は、ネパールから入国した事例であり、2006年、2020年に発生した輸入感染事例はフィリピンから入国した患者であった。
潜伏期間・主要症状・検査所見
狂犬に咬まれて通常1~3か月で発病するが、潜伏期が1年に及ぶ症例も報告されている。まず、インフルエンザ様症状が現れ、咬まれた部位にかゆみ・痛みなどの異常感覚が現れる。さらに交感神経系亢進による涙・唾液分泌増加、瞳孔散大、発汗がおこる。体温・血圧異常、抗利尿ホルモン異常分泌、尿崩症などの下垂体障害による症状も出現する。恐水症、狂風症が特徴的である。飲水や呼吸が横隔膜や呑下にかかわる筋肉の痙攣を誘発し、水を見ただけでも痙攣を起こすようになる。恐水症が現れて数日で死亡する。
予後
狂犬病患者は回復することなく死亡する。致命率は100%である。
感染対策
基本的にはヒトからヒトへの感染はなく、患者をケアする家族や医療提供者が患者からRVに感染するリスクはなく、患者に対して標準予防策で対応可能である。ただし患者に咬まれた場合や、患者の唾液が開放創や粘膜に付着した場合は、曝露部分を洗浄し、曝露後発症予防のための、曝露後狂犬病ワクチン接種を実施する。流行地に赴く場合には狂犬病ワクチンをあらかじめ接種しておくことが望ましい。また、狂犬病流行地域でイヌに咬まれた場合には、曝露後狂犬病ワクチン接種として推奨されている方法に従って狂犬病ワクチン接種を受ける。接種開始日を0として3、7、14、30、90日の6回狂犬病ワクチン接種(曝露後ワクチン接種)法が推奨されている。
法制度
感染症法では四類感染症に指定されており、狂犬病患者、疑似症患者、無症状病原体保有者、死亡者については直ちに最寄りの保健所に届け出る。
診断
診断にはウイルス学的な検査が欠かせない。脳・皮膚の生検組織中に、RV抗原の存在を病理学的に免疫組織化学法により証明する。皮膚生検や角膜擦過物塗末標本中のウイルス抗原を検出する検査や唾液や脳脊髄液からのウイルス遺伝子増幅検査が実施される。急性期には唾液、脳脊髄液、脳からウイルスを分離することができるが、時間がかかる方法であり診断のための検査には不向きである。狂犬病ワクチン未接種かつ抗RV免疫グロブリン未投与で狂犬病を疑われる患者において、RVに対する特異的IgG抗体が検出される場合には、それの診断的価値が高い。一方、抗RV免疫グロブリン投与がなされている患者では抗体検査に基づく診断は難しい。
診断した(疑った)場合の対応
ただちに最寄りの保健所や国立感染症研究所に相談する。狂犬病患者は必ず死亡することから、狂犬病であることの蓋然性が高い場合には、渡航者外来があり、病原体検査が実施可能で、緩和治療を含めた集中治療管理ができる施設への搬送を進めることを検討する。
治療(応急対応)
狂犬病を発症した患者には特異的な治療法はなく、対症療法が基本である。
専門施設に送るべき判断
狂犬病患者は、適切な感染予防策を講じて治療する必要がある。
専門施設、相談先
最寄りの保健所、国立感染症研究所や感染症専門医のいる病院に相談するとよい。
役立つサイト、資料
- 国立感染症研究所.狂犬病特集.IASR.2007年Vol.28 No.3 https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/rabies-m/rabies-iasrtpc/847-iasr-325.html
- 西園晃.帰国者における曝露後狂犬病ワクチン接種の状況.IASR 44: 24-25, 2023
https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/11814-516r03.html
(利益相反自己申告:申告すべきものなし)
札幌市保健所・国立感染症研究所 西條 政幸