日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年7月23日

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野兎病(Tularemia)

病原体

Franscisella tularensis、好気性、グラム陰性球桿菌、北米のみでみられるF. tularensis subspecies tularensis(type A)と北半球に広く分布するsubspecies holarctica(type B)に分けられる。

感染経路

昆虫媒介(ダニやアブ、蚊の刺咬)、感染動物の咬傷や感染動物やその組織との直接接触、あるいはそれらからのエアロゾルや塵埃の吸入、汚染された水や食肉の摂取による。

流行地域

北半球に分布し、ユーラシア大陸、北米大陸ではendemic とされるが散発例の報告は多くはなく、時にアウトブレイク報告がある。戦後から1960年代までは日本においても東北・関東地方にて見られた。

発生頻度

北米では年間200例ほどの報告があり、アウトブレイクの報告もある。

潜伏期間・主要症状・検査所見

  • 潜伏期は通常3-6日、最大では数時間から3週間までの幅がある。
  • 臨床病型は潰瘍リンパ節型(ulceroglandular; 全体の 75%)とチフス型(Typhoidal;全体の25%)とに分けられる。病型の違いは皮膚粘膜の病変とリンパ節病変があるかどうかである。
  • 潰瘍リンパ節型では通常、発熱、頭痛、筋肉痛、咳嗽などの全身症状にて発症し、60%で病原体侵入部位に有痛性の斑丘疹をみとめ、これはその後径0.4-3.0cmで辺縁が盛り上がる潰瘍となる。部位は感染源となったベクターにより異なるが、節足動物の場合には下肢、哺乳動物は上肢を咬むことが多い。粘膜病変としては結膜と咽頭が多いが、咽頭炎を起こすのは25%程度で非滲出性が多い。皮膚粘膜病変は伴うことも伴わないこともあるものの、ほとんどの症例ではリンパ節病変がみられる。腫脹したリンパ節は0.5-10cmで圧痛があり、その後波動を触れるようになり自壊排膿することもある。
  • チフス型は基本的に皮膚粘膜、リンパ節病変を欠き、臨床的には発熱、肝脾腫で比較的徐脈を伴う。この病型では消化器症状や呼吸器症状を伴うことが多い。チフス型および肺炎を伴う症例では致死率はもっとも高い。
  • 肺炎は潰瘍リンパ節型の30%、チフス型の80%に合併するが、エアロゾルの吸入、あるいは一次的病変からの血行性散布による。肺炎は野兎病の病型のなかで最も致死率が高い(最大で50%)。
  • 最小感染病原体量(Minimum infectious dose)は1-10菌体と非常に小さい。臨床症状は発熱、乾性咳嗽、そして時に胸膜痛がある。胸部X線では、肺門リンパ節腫脹と両側性の浸潤影を見ることが多い。

予後

抗菌薬が出現する以前の致死率は5-15%、肺炎を伴う重症例では30-60%であったが、抗菌薬時代になってからは全体で2%程度である。

感染対策

ヒトからヒトへの感染の報告はなく、標準予防策でよい。

法制度

「野兎病」は感染症法に基づく4類感染症の対象疾患であり、確定患者、無症状病原体保有者、死亡例、また疑われる死亡例については、直ちに管轄保健所に報告を行う。F. tularensisは感染症法上2種病原体で、扱うにはBSL-3が要求され、所持する場合には許可が必要である。

診断

病変部位、リンパ節、咽頭拭い液などからの病原体の分離培養あるいはPCRによる遺伝子の検出を行う。また、発症後1-2週から上昇する血清抗体を検出する方法として、菌凝集反応法がある。

診断した(疑った)場合の対応

疑った場合には、直ちに管轄保健所に報告、地方衛生研究所を通して、国立感染症研究所等にて確定診断を行う。分離培養には特殊な培地が必要であること、実験室感染のリスクのために、BSL-3 施設でのみ行う。

治療(応急対応)

アミノグリコシド(ストレプトマイシン、ゲンタマイシン)が第一選択で、通常10日間、重要例ではより長く使用される。他の感受性のある抗菌薬としては、シプロフロキサシン、ドキシサイクリン、クロラムフェニコールがあるが、テトラサイクリンやクロラムフェニコールでの治療後に再燃が報告されており、治療期間も14-21日が推奨される。また、バイオテロなどで大量の患者が発生している場合の治療や曝露後化学予防には、ドキシサイクリン、シプロフロキサシンの経口、14日間が推奨される。

専門施設に送るべき判断

診断に難渋する多発性膿瘍症例で、接触歴などから(特にアウトブレイクが)疑われる場合。

専門施設、相談先

地域の感染症指定医療機関、国立感染症研究所

役立つサイト、資料

  1. WHO Guidelines on Tularaemia. WHO/CDS/EPR/2007.7. https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/43793/9789241547376_eng.pdf;sequence=1
  2. DT Dennis, et al. Tularemia as a Biological Weapon Medical and Public Health Management. JAMA. 2001;285. 2763-2773.

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

国立病院機構三重病院 臨床研究部 谷口清州

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