16急性HIV感染症(Acute HIV infection)
病原体
ヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus:HIV)。
感染経路
主に性交渉。血液、母乳、精液、腟分泌液など、体液との接触によって伝播する。
流行地域
国連合同エイズ計画(UNAIDS)が発表した2023年末時点での世界のエイズの流行の現状に関する報告書によると、世界のHIV感染者数は3,990万と推定している。世界のHIV感染者の約65%がサハラ以南アフリカに在住しており、アジア・太平洋諸島には、推定670万人のHIV感染者(約17%)が在住していると推測されている。
発生頻度
日本での2023年の新規報告数は960件(新規HIV感染者が669例、新規AIDS患者は291例)であり、初感染後、40~90%の感染者が急性HIV感染症の症状を示す。HIVの感染率は肛門内への精液曝露だと1.38%、腟内への精液曝露だと0.08%である。肛門性交がリスクとなるため、日本でHIV感染者は、MSM(men who have sex with men)に多い。
潜伏期間・主要症状・検査所見
性交渉を行い、1~6週間(ピークは3週間)の潜伏期間の後に、インフルエンザや伝染性単核球症のような非特異的感染症状を呈する。主要所見としては、発熱、リンパ節腫脹、咽頭炎、発疹、筋肉痛・関節痛などの身体症状の他、血小板減少、白血球減少、肝酵素上昇などの検査異常を示す事が多い。
上記のように、急性HIV感染症は特異的な所見や臓器障害がないため、診断するためには、リスク行為の有無(流行地域を参照)や過去の性感染症歴(梅毒・淋菌・クラミジア・アメーバ赤痢・尖圭コンジローマなど)といった問診で得る情報が重要となる。
予後
急性HIV感染症の症状は、通常は2~4週間後に一旦自然軽快する。
感染対策
感染対策は、不特定多数との性交渉を避けることが基本である。コンドーム着用は感染リスクを低下させるため、性交渉時は必ず初めから終わりまで着用することが重要である。また、血液を介しても感染するため、注射器具の共用を行わないようにする。
医療者は標準予防策で対応する。HIV感染者の血液や体液を曝露した場合、職業曝露からHIV感染が成立する確率は経皮的曝露では約0.3%、粘膜曝露では約0.09%とされているが、急性期はウイルス量が増加していることから、これ以上の確率で感染する可能性が予測される。職業曝露が起こった場合の、曝露後予防内服(PEP:Post-Exposure Prophylaxis)への体制を整えておくことは、非常に重要である。
非職業曝露(HIV感染者との性交渉)の場合、72時間以内であれば、自費で予防内服が適応となる可能性があるため、行っている専門施設(国立国際医療研究センター病院 エイズ治療研究センターや性感染症クリニック)があることを、患者に情報提供する。さらに、近年では、曝露前予防内服(PrEP:Pre-Exposure Prophylaxis)が、特にリスクが高い人々に推奨される有効な予防手段として注目されている。2024年8月28日に日本でも薬事承認され、今後普及が見込まれる。
法制度
「後天性免疫不全症候群」は五類感染症であり、医師は確定患者、無症状病原体保有者、死亡者を保健所に7日以内に届け出る。
診断
流行地域の出身者や旅行者(前述した流行地域の項目を参照)、リスクが高い集団(同性間性交渉を行う者、性風俗従事者・利用者、静注薬物使用者、刑務所での服役経験がある者など)との性交渉の後、1~6週間(ピークは3週間)で、インフルエンザ様の症状が出現した場合、感染を疑う重要なポイントとなる。感染を疑った場合、HIVスクリーニング検査(第4世代試薬)を行う。本法は、感染成立後、最短15~17日で検出可能となる。患者が希望する場合は、RT-PCR法によるHIV-1 RNA測定を行うが、検出可能となるまでは10~12日かかるため、ウインドウピリオドに大差はない。感染機会から2週間前後の期間は、HIVに感染していても、検査が陰性となるウインドウピリオドであるため、疑わしい場合は時間をおいて検査を推奨する。急性感染か、過去の感染かを判断するために、HIV-1/2抗体確認検査法とRT-PCR法の同時施行による確認検査が有用である。HIV-1/2抗体確認検査法は、急性期には陰性、もしくは判定保留となることがある。
診断した(疑った)場合の対応
急性期の症状は一般的に2~4週間後に自然軽快することが多く、救急対応を必要としないことが多いため、HIV治療が施行できる専門施設への紹介を行う。無菌性髄膜炎・脳症を示唆する意識障害、採血で著明な汎血球減少症を認める場合、早急な抗HIV薬投与が必要な場合があるため、早急に専門施設に転院相談を含めた情報提供を行う。
治療(応急対応)
解熱鎮痛薬を用いた対症療法を行う。
専門施設に送るべき判断
「診断した(疑った)場合の対応」を参照。
専門施設、相談先
国立国際医療研究センター病院 エイズ治療研究センター、エイズブロック拠点病院、エイズ診療拠点病院
拠点病院診療案内(https://hiv-hospital.jp)より検索可能。
役立つサイト、資料
- 抗HIV治療ガイドライン(https://hiv-guidelines.jp/index.htm)
- 日本エイズ学会.HIV感染症「治療の手引き」第28版 2024年12月
(利益相反自己申告:申告すべきものなし)
国立国際医療研究センター 川島 亮、潟永 博之