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ボツリヌス症(botulism)、ボツリヌス毒素(バイオテロ)
本稿ではボツリヌス症の中でも生物兵器(バイオテロリズム)による感染を主に解説する。
ボツリヌス食中毒(食餌性ボツリヌス)、乳児ボツリヌス症、成人腸管定着ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症については別項を参照のこと。
病原体
偏性嫌気性、芽胞形成性、グラム陽性桿菌であるClostridium botulinumの産生する神経毒素。他にC. butyricumとC. baratiiがそれぞれEとF型の毒素を産生。産生する毒素の抗原性によりA型からH型に分けられ、A、B、Eがヒトに病原性をもつが時にF、G、Hも人に疾病を起こす。毒素は無味無臭、毒素の吸入における致死量は0.8~0.9μg。1gのエアロゾル化された毒素は少なくとも150万人を死に至らしめる。芽胞は1気圧、100℃にて数時間耐性であるが、120℃、5分で破壊される。毒素の環境での安定性は低く、空気中で12時間、日光で1~3時間、80℃、30分、あるいは100℃数分で不活化される。毒素はシナプス前終末に結合しアセチルコリンの放出を阻止する。これにより神経伝達が障害されることが筋肉の弛緩性麻痺につながる。
感染経路
病型により異なるが、バイオテロで用いられる場合には経口あるいは吸入により曝露する。
流行地域
ボツリヌス菌の芽胞は、世界中の土壌や海底堆積物に広く分布し、特定の流行地域はない。
発生頻度
食品媒介性は世界各地で食中毒アウトブレイクとしてみられ、缶詰や伝統的な保存食や発酵食品による例が報告されている。他の乳児ボツリヌス、創傷ボツリヌス、成人腸管定着性は散発性である。米国では年間200例程度みられ、乳児ボツリヌス症が最も多い。日本では食品媒介性や乳児ボツリヌス症を含み年間数例報告がある。
潜伏期間・主要症状・検査所見
ボツリヌス症は急性の両側性の脳神経麻痺に始まり、左右対称性下降性に筋力低下が起こる。発熱は無く、通常意識は保たれ、感覚神経の障害はない。眼症状に始まり、副交感神経を介した瞳孔の散大による視界のかすみ・ぼやけ、口内乾燥、動眼神経、滑車神経、外転神経への影響による複視、眼瞼下垂がみられる。下部脳神経障害として、発語が不明瞭(ろれつが回らない)、嚥下困難、舌が動かしにくくなったりする。その後筋力低下が上肢から体幹、下肢へと広がる。呼吸への影響は、喉頭蓋機能不全による上気道の閉塞や横隔膜を含む呼吸筋の筋力低下による。バイオテロを疑う場合には、神経剤の曝露やアトロピンの過剰投与との鑑別が必要であり、ボツリヌスでは精神症状なく、瞳孔散大、心拍数正常、分泌亢進なしである。
経口摂取もしくは吸入後12~36時間で、初期には腹痛、悪心、嘔吐、下痢がみられ、その後上述の脳神経症状が出現してくる。空気中に散布された毒素を吸入した場合も症状は基本的に同様であるが、潜伏期は延長し24~72時間、概ね5日までに症状はピークとなる。
通常、血液生化学、髄液には異常所見はない。
予後
呼吸不全、人工呼吸管理に至った症例では麻痺は遷延し、数週から数ヶ月の入院を余儀なくされる。もちろん軽症であればより早期に回復し、迅速な抗毒素療法により入院期間の短縮と致死率の低下が期待される。全体の致死率は8%から5%以下までの幅があり、1980年以降では米国での食餌性ボツリヌス症の致死率は4%以下、乳児ボツリヌスでは1%未満である。
感染対策
毒素は、基本的にヒトーヒト感染は無いが、乳児ボツリヌス症では、患児の腸管内でボツリヌス菌が増殖し毒素を産生しているため、検体(糞便)は病原体として取り扱い、滅菌して廃棄する。
法制度
「ボツリヌス症」は感染症法では四類感染症であり(患者、疑似症、無症状病原体保有者、死亡者はただちに届け出る)、ボツリヌス菌および毒素は感染症法上、二種病原体等に指定されており、保持には許可が必要。
診断
確定診断は患者血清、胃液、便や食品より毒素、あるいは菌を検出することである。検体は冷蔵で凍結してはいけない。もっとも感度の高い方法はマウスを使用したバイオアッセイであり、病型によっては、便や創分泌物の分離培養とボツリヌス毒素遺伝子の検出(PCR法)も可能である。マススペクトロメトリーやELISAを使用した毒素の検出も可能となりつつある。
診断した(疑った)場合の対応
検体を採取して症例への支持療法を行いつつ、保健所を通して検査依頼と抗毒素の手配を依頼する。
治療(応急対応)
治療は支持療法、特に呼吸サポートが重要である。ボツリヌス抗毒素は、E型と多価(A、B(Okura)、B(QC)、E、F)の2種類があり、国が一括購入して備蓄している。米国では1歳未満の乳児に対して、抗ボツリヌスヒト免疫グロブリン(BabyBIG)が使用できる。抗菌剤の役割は不明であり、一部の創傷ボツリヌス症をのぞけば推奨されない。
専門施設に送るべき判断
人工呼吸療法を中心とした支持療法が必要なこと、また抗毒素の使用する場合の副反応のリスクを考えて、地域の基幹病院へ搬送する。
専門施設、相談先
地域の基幹病院および都道府県保健部局
役立つサイト、資料
- CDC. Botulism. https://www.cdc.gov/botulism/about/index.html
- WHO. Botulism. https://www.who.int/en/news-room/fact-sheets/detail/botulism
- Up to Date. Botulism.
https://www.uptodate.com/contents/botulism
(利益相反自己申告:申告すべきものなし)
国立病院機構三重病院臨床研究部 谷口 清州