日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2023年4月19日

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梅毒(Syphilis)

病原体

梅毒トレポネーマTreponema pallidum

感染経路

主に性交渉。感染部位と粘膜・皮膚との接触により感染する。

流行地域

日本を含めて、世界中に広く分布している疾患である。

発生頻度

日本では2010年以降、報告数は増加傾向であり、2018年の年間累積報告数は6,923人と増加の一途を辿っている。年齢別では、男性は20-50歳代、女性は20-40歳代が増加しており、男性は2009年以降、同性間での性交渉による感染が50%以上であったが、2015年以降は異性間での性交渉による感染割合が増加している。女性は、異性間での性交渉による感染が過半数を占めている。感染から1年未満の梅毒患者と、性交渉した際の感染率は約30%と推定されている。

潜伏期間・主要症状・検査所見

実臨床で多く遭遇するのは、早期梅毒(感染機会から1年以内)が多く、性交渉での感染力が強いことから、他者への感染を防ぐためにも、積極的に診断・治療を行う。
感染機会から3週間前後の潜伏期間で、感染部位に小豆大から示指頭大までの硬結を生じ(初期硬結)、中心に無痛性の潰瘍を形成し、硬性下疳となる。硬性下疳は、T. pallidumの侵入門戸である。好発部位は、男性では陰部冠状溝・包皮・亀頭部、女性では大小陰唇・子宮頸部が多いが、口腔咽頭粘膜や肛門部も侵入門戸となり得る。この時期は早期梅毒1期と呼ばれ、硬性下疳に加え、所属リンパ節腫脹を伴うことが多い。
感染から3か月経過すると(一般的に)硬性下疳は消失し、全身の皮膚・粘膜の発疹を筆頭に、多臓器に障害が及ぶ、早期梅毒2期に移行する。実臨床では、皮疹(体幹部を中心に顔面・四肢などに淡紅色斑が多いが、多彩な形態を取り、偽装の達人と称される)で診断されることが多い。また、この時期はT. pallidumが全身に播種することで臓器障害が多岐に渡るため、性風俗従事者や利用者・同性愛者・性的活動性が高い若年者など高リスク群の患者が、全身性リンパ節腫脹を伴う発熱や、原因不明の臓器障害を認める場合、梅毒が除外できるまで、鑑別に含めておくことが重要である。
その後、2期梅毒は自然消退し、無症候梅毒(早期潜伏性梅毒)となり、再発を繰り返しながら、やがて、第3期に移行していくことになる。
感染から1年以上経過すると、性交渉で感染性がない後期梅毒に移行する。早期潜伏性梅毒は、後期潜伏性梅毒へと名称が変わり、3期梅毒への潜伏期間となる。3期梅毒は感染から3年以上経過すると生じる可能性があり、心血管症状、ゴム腫、進行麻痺、脊髄癆など更に進んだ臓器障害が生じる。現在の我が国ではほとんど見られないが、オリンピック・パラリンピック開催に伴い、抗菌薬の普及していない地域からの渡航者が増える可能性があるため、注意が必要となる。
梅毒は、特異的な採血異常はないため(2期梅毒では障害臓器に対応した生化学マーカーの上昇を認める)疑った場合、梅毒抗体検査が必要となる。

予後

感染早期に適切な抗菌薬投与を行った場合、予後は良好である。

感染対策

感染予防としては、感染力の強い早期梅毒患者との性行為(膣性交、肛門性交、オーラルセックスなど)を避けることが重要であり、不特定多数との性交渉を避けることが基本である。コンドーム着用は感染リスクを低下させる効果はあるが、必ずしも100%の予防は出来ないため注意が必要である。医療従事者は、標準予防策で対応する。活動性梅毒患者の血液や体液を曝露した場合、決して高くないものの、感染リスクはゼロではない。しかし、曝露事故を想定した定まったマニュアルはないため、なるべく早く感染症科に相談する。

法制度

「梅毒」は5類感染症であり、医師は先天性梅毒、梅毒の確定患者、無症状病原体保有者、死亡者を保健所に7日以内に届け出る。

診断

硬性下疳や原因不明の皮疹(上記の潜伏期間・主要症状・検査所見の項目を参照)を確認した場合は、患者に感染機会の聴取を行い、疑わしいと判断した場合は梅毒抗体検査を施行する。非トレポネーマ脂質抗体(RPR)、梅毒トレポネーマ抗体(TPHA)の定性検査(+か-か判定する検査)を同時測定し、活動性梅毒かどうか判断を行う。梅毒PCR検査は保険未収録であり、推奨されない。RPRは梅毒特異的でないが、活動性の指標となる。TPHAは特異性に優れるが、治療によりT. pallidumが消失した後も陽性が続くため、治療効果の判定には使えないといった欠点を持つ。定性検査で活動性梅毒が疑わしい場合は、RPR・TPHA定量検査を提出する。早期梅毒1期は時期によってRPR陰性~低値(定量で8倍、8R.U.以下)であることがある。その場合、感染機会を聴取し、症状で梅毒の可能性が高いと判断した場合は暫定的に治療を行うか、または2-4週間後に梅毒抗体の再検査を行う。従来はRPRが先行して陽性となり、次いでTPHAが4週間前後で陽性となっていたが、近年TPHAが先行して上昇する報告が増えているため、早期梅毒1期は梅毒抗体検査を鵜呑みに出来ず、感染機会の聴取や身体所見を含めた総合的な判断が必要となる。早期梅毒2期以降では、RPRは通常高値(定量で16倍、16R.U.以上)となり、治療適応となる。

診断した(疑った)場合の対応

治療薬であるアモキシシリンの量や、プロベネシドを併用するかの判断などは、医療機関や医師によって異なるため、治療経験が乏しい場合は経験のある医療機関に紹介する。

治療(応急対応)

応急対応が必要な梅毒患者は、ほとんどいない。抗菌薬を投与する場合は、治療開始後数時間で、発熱、全身倦怠感、悪寒、頭痛、筋肉痛、発疹の増悪の可能性(Jarisch -Herxheimer現象)を、予め患者に説明しておく。

専門施設に送るべき判断

2期梅毒の重症型(悪性梅毒)、神経梅毒、妊娠期梅毒は、専門施設での治療が必要。

専門施設・相談先

感染症科がある医療機関が望ましい。

役立つサイト・資料

  1. 日本性感染症学会 -性感染症 診断・治療 ガイドライン 2020
  2. CDC -Sexually Transmitted Diseases(STDs)
    https://www.cdc.gov/std/syphilis/default.htm

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

国立国際医療研究センター 三須恵太、岡 慎一

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