日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年7月23日

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ダニ媒介性脳炎(tick-borne encephalitis)

病原体

フラビウイルス科フラビウイルス属であるダニ媒介性脳炎ウイルス(Tick-borne encephalitis virus)による感染症で、ヨーロッパ亜型、シベリア亜型、極東亜型の3亜型に分類される。北海道に存在するウイルスは極東亜型に属する。

感染経路

ウイルスを保有するマダニに刺咬されることにより感染する。その他、加熱殺菌されていないヤギ乳や乳製品の飲食による腸管からの感染、ヤギの屠殺に関連すると思われる感染、輸血や母乳栄養による感染、検査室内での感染も報告されている。約3分の1の患者は明確なマダニ刺咬歴がないとされる。なお、マダニがダニ媒介性脳炎を媒介し、イエダニなどのダニでは感染しない。

流行地域

主に中欧を中心としたヨーロッパ、ロシア、中国、韓国、北海道で患者の発生が報告されている。

発生頻度

世界では年間13,000人程度の患者発生が推定されている。2019年5月現在、日本では1993年以降北海道のみで合計5人の発生が報告されている。

潜伏期間・主要症状・検査所見

潜伏期間はマダニ刺咬後、2-28日(通常7-14日)である。発熱、頭痛、筋肉痛、倦怠感などの非特異的な症状で発症し、振戦、痙攣、麻痺、意識障害などのウイルス性脳髄膜炎の病態へ進行する。ヨーロッパ亜型での感染の場合、血小板減少や白血球減少を伴う発熱後、数日間の無熱期を経て、白血球数正常から軽度の上昇を伴う髄膜脳炎となり二相性の経過をたどる。

予後

致死率はヨーロッパ亜型で1-2%であるが、シベリア亜型と極東亜型では高く、特に極東亜型では30%以上との報告もある。

感染対策

国内外のリスク地域で屋外活動する際は、長袖・長ズボンを着用し裾を手袋・靴下でかぶせ、更に首回りをタオルなどで覆うなどマダニ刺咬の予防が必要である。忌避剤(ディートやイカリジン)の使用もマダニ付着の予防にある程度有効とされる。欧州やロシアなどでは感染予防に有効な不活化ワクチンが使用されているが、2019年5月現在、日本国内では未承認となっている。ダニ媒介性脳炎の確定もしくは疑い患者を診療する際は標準予防策を行う。接触予防策は不要である。通常、発症時にマダニは患者から離脱しているが、患者や患者の衣類や物品等にマダニが刺咬もしくは付着している場合は、医療従事者自身に付着しないよう慎重に取り扱い、可能であればマダニを密閉容器に保存する。

法制度

「ダニ媒介脳炎(ダニ媒介性脳炎)」は感染症法上の4類感染症(全数報告対象)である。患者(確定例)、無症状病原体保有者、感染症死亡者の死体、感染症死亡疑い者の死体に該当する場合は、ただちに最寄りの保健所への届出が必要である。

診断

リスク地域でのマダニ刺咬後、潜伏期間に一致して発症した急性発熱性疾患、脳髄膜炎で他の病原体診断に至らない場合、ダニ媒介性脳炎を疑い検査を行う。またマダニ刺咬の病歴が明らかである場合、ダニ媒介性脳炎以外のウイルス、リケッチア、ボレリアなど曝露地域特有のマダニ媒介性感染症も鑑別として診断を検討する。マダニ刺咬歴が明らかでない場合でも臨床経過や野外活動歴等から本疾患を疑う場合も検査を行う。ダニ媒介性脳炎の確定診断は血清や髄液でのIgM抗体、PCRによるウイルス遺伝子、分離・同定によるウイルスの検出、またペア血清による抗体陽転または抗体価の有意の上昇で行う。検査は保健所を通じて国立感染症研究所(北海道では北海道立衛生研究所)に依頼し行う。

診断した(疑った)場合の対応

診断を疑う場合はただちに保健所に連絡し検査診断を依頼する。診断が確定した場合は、4類感染症としてただちに届出を行う。

治療(応急対応)

抗ウイルス薬などの特異的な治療はなく対症療法が行われる。European Academy of Neurologyによる2017年のレビューでは、ルーチンにステロイドを投与するべきではないとしている。また国外では免疫グロブリンが使用される場合があるがその有効性は不明である。マダニ刺咬後、曝露後感染予防目的としてのワクチン接種は推奨されていない。

専門施設に送るべき判断

マダニ媒介性感染症を疑うが診断に難渋する場合、痙攣などの神経症状の悪化、バイタルなど全身状態の悪化ある場合は、専門施設での診療が望ましい。

専門施設、相談先

日本国内では症例報告数が極めて少なく、ダニ媒介性脳炎を専門に診療する医療施設はないが、神経内科、感染症内科、高度救命救急センターなど各科の連携が可能な総合病院での診療が望ましい。世界のマダニ感染症に関する疫学情報や検査方法等については、国立感染症研究所、国立国際医療研究センター国際感染症センター感染症対策支援サービス等で相談が可能である。

役立つサイト、資料

  1. Taba P, et al. EAN consensus review on prevention, diagnosis and management of tick-borne encephalitis. Eur J Neurol. 2017;10:1214-e61
  2. European Centre for Disease Prevention and Control. Factsheet about tick-borne encephalitis (TBE).
    https://ecdc.europa.eu/en/tick-borne-encephalitis/facts/factsheet
  3. 厚生労働省. 感染症法に基づく医師の届出のお願い.ダニ媒介脳炎
    https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-16.html

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

市立札幌病院 児玉文宏

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