日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2025年4月13日

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腸管出血性大腸菌感染症(enterohenorrhagic Echerichia coli infection)

病原体

人の腸管に感染症を引き起こす大腸菌は下痢原性大腸菌と呼ばれ、一般的に5種類(腸管毒素原性大腸菌・腸管病原性大腸菌・腸管侵入性大腸菌・腸管凝集性大腸菌・腸管出血性大腸菌)に分類される。本稿では、このうち腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli :EHEC)について述べる。
EHECは、ベロ毒素(Shiga toxin)を産生する大腸菌が引き起こす感染症の原因菌である。そのため、本菌は志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin-producing E. coli :STEC)あるいはベロ毒素産生性大腸菌(Verotoxin-producing E. coli :VTEC)とも呼ばれる。厳密にはSTECのうち出血性大腸炎をきたすものがEHECであるが、便宜上、本稿ではEHECで統一する。
EHECの病原因子として、ベロ毒素の他、腸上皮への接着に関わるインチミンに代表される定着因子がある。菌体表面に存在するO抗原、鞭毛に存在するH抗原による血清型で分類され、本邦ではO157、次いでO26、O111が多い。

感染経路

経口感染により感染する。経路としては食中毒が最も多く、次いでヒト-ヒト感染、湖などの水を介した感染、動物接触の順に多い。熱に弱いが、低温や酸には強く、胃酸でも生残することができ、10~100個と少量の菌量で感染が成立する1。肉だけでなく、菌に汚染されたあらゆる食品、水や飲料水が感染の原因となる。

流行地域

渡航者下痢症としても発症し得るが、国内の食中毒での報告が多い。散発的な流行に加え、同一汚染食品が広範囲へ流通することで、同時多発的な集団発生事例も報告される。

発生頻度

本邦での届出数は、全国で毎年3,000~4,000件である。発生は、夏季に多いが、冬季にもみられることがある。

潜伏期間・主要症状・検査所見

潜伏期間の中央値は3日で、その後1~3日の水様便ののちに、約90%において血性下痢を発症する。他の細菌性腸炎と比較して、高熱になりにくい2。無症候性感染も報告されている。
溶血性尿毒症症候群(Hemolytic-uremic syndrome :HUS)は、EHEC罹患者の6~9%で、下痢など症状出現から5~13日後に出現する。10歳以下の小児では15%とより高率となる2。溶血性貧血、血小板減少、急性腎障害を三徴とし、中枢神経障害を合併することもある。

予後

合併症のない軽症のEHECは約1週間で症状は消退する。HUSを発症すると重症化し、致死率は3~5%となる3

感染対策

感染者に対する医療を行う場合は、標準予防策でよいが、排便介助やおむつが必要な場合は接触予防策を実施する。食品からの感染を予防するためには、中心温度を75℃以上で1分間以上加熱する。

法制度

感染症法で三類感染症に指定されており、確定患者、疑似症患者、無症状病原体保有者、死亡者は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。学校保健安全法施行規則では第三種の感染症に定められており、感染のおそれがないと医師により認められるまで出席停止となる。食中毒が疑われる場合は、食品衛生法により直ちに最寄りの保健所に届け出る。

診断

確定診断には便培養もしくは、便の遺伝子検査が必須である。便培養による菌の分離、ベロ毒素試験、血清型の同定を行う。2024年時点では保険承認されていないが、便の多項目遺伝子検査を利用することもできる。

診断した(疑った)場合の対応

急性の血性下痢で、特に発熱がない場合には、EHEC感染症を疑うきっかけになる。重症化が予想される場合は入院を検討する。

治療(応急対応)

対症療法が原則である。軽症例は約1週間で症状は消退する。HUSを発症した場合は、急性期には約半数が腎代替療法を要するため、重症対応が可能な施設での入院が望ましい。
抗菌薬投与の是非については、一定の見解は得られていない。国内のガイドラインでは「現在でも統一的な見解は得られていない」と記載され4、米国のIDSAガイドラインでは、「ベロ毒素を産生する大腸菌に対して抗菌薬を使用しない」ことを強く推奨している5
小児を中心に、抗菌薬投与とHUS発症との関連についての報告がある6,7。HUS発症リスクを踏まえると、EHECが疑われる症例においては、使用は慎重にならざるを得ない。止痢薬はHUS発症リスクを高めるため、使用を避ける。

専門施設に送るべき判断

HUSを発症した場合は、高次医療機関への搬送を検討する。

専門施設、相談先

重症例では、各医療圏の集中治療室を有する高次医療機関への相談が望ましい。

役立つサイト、資料

  1. 腸管出血性大腸菌感染症(O157など)Enterohemorrhagic Escherichia coli infection.東京都感染症情報センター
    https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/ehec/.
  2. Tarr, P. I., Gordon, C. A. & Chandler, W. L. Shiga-toxin-producing Escherichia coli and haemolytic uraemic syndrome. Lancet 365, 1073–1086 (2005).
  3. Scheiring, J., Andreoli, S. P. & Zimmerhackl, L. B. Treatment and outcome of Shiga-toxin-associated hemolytic uremic syndrome (HUS). Pediatr. Nephrol. 23, 1749–1760 (2008).
  4. 日本感染症学会・日本化学療法学会.JAID/JSC感染症治療ガイド2023.
    https://www.kansensho.or.jp/modules/journal/index.php?content_id=11
  5. Shane, A. L. et al. 2017 Infectious Diseases Society of America Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Infectious Diarrhea. Clin. Infect. Dis. 65, 1963–1973 (2017).
  6. Wong, C. S. et al. Risk factors for the hemolytic uremic syndrome in children infected with Escherichia coli O157:H7: a multivariable analysis. Clin. Infect. Dis. 55, 33–41 (2012).
  7. Freedman, S. B. et al. Shiga toxin-producing Escherichia coli infection, antibiotics, and risk of developing hemolytic uremic syndrome: A meta-analysis. Clin. Infect. Dis. 62, 1251–1258 (2016).

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

慶應義塾大学医学部感染症学 宇野 俊介

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