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腸管出血性大腸菌感染症(enterohenorrhagic Echerichia coli infection)
病原体
人の腸管に感染症を引き起こす大腸菌は下痢原性大腸菌と呼ばれ、一般的に5種類(腸管毒素原性大腸菌・腸管病原性大腸菌・腸管侵入性大腸菌・腸管凝集性大腸菌・腸管出血性大腸菌)に分類される。本稿では、このうち腸管出血性大腸菌(Enterohemorrhagic Escherichia coli :EHEC)について述べる。
EHECは、ベロ毒素(Shiga toxin)を産生する大腸菌が引き起こす感染症の原因菌である。そのため、本菌は志賀毒素産生性大腸菌(Shiga toxin-producing E. coli :STEC)あるいはベロ毒素産生性大腸菌(Verotoxin-producing E. coli :VTEC)とも呼ばれる。厳密にはSTECのうち出血性大腸炎をきたすものがEHECであるが、便宜上、本稿ではEHECで統一する。
EHECの病原因子として、ベロ毒素の他、腸上皮への接着に関わるインチミンに代表される定着因子がある。菌体表面に存在するO抗原、鞭毛に存在するH抗原による血清型で分類され、本邦ではO157、次いでO26、O111が多い。
感染経路
経口感染により感染する。経路としては食中毒が最も多く、次いでヒト-ヒト感染、湖などの水を介した感染、動物接触の順に多い。熱に弱いが、低温や酸には強く、胃酸でも生残することができ、10~100個と少量の菌量で感染が成立する1。肉だけでなく、菌に汚染されたあらゆる食品、水や飲料水が感染の原因となる。
流行地域
渡航者下痢症としても発症し得るが、国内の食中毒での報告が多い。散発的な流行に加え、同一汚染食品が広範囲へ流通することで、同時多発的な集団発生事例も報告される。
発生頻度
本邦での届出数は、全国で毎年3,000~4,000件である。発生は、夏季に多いが、冬季にもみられることがある。
潜伏期間・主要症状・検査所見
潜伏期間の中央値は3日で、その後1~3日の水様便ののちに、約90%において血性下痢を発症する。他の細菌性腸炎と比較して、高熱になりにくい2。無症候性感染も報告されている。
溶血性尿毒症症候群(Hemolytic-uremic syndrome :HUS)は、EHEC罹患者の6~9%で、下痢など症状出現から5~13日後に出現する。10歳以下の小児では15%とより高率となる2。溶血性貧血、血小板減少、急性腎障害を三徴とし、中枢神経障害を合併することもある。
予後
合併症のない軽症のEHECは約1週間で症状は消退する。HUSを発症すると重症化し、致死率は3~5%となる3。
感染対策
感染者に対する医療を行う場合は、標準予防策でよいが、排便介助やおむつが必要な場合は接触予防策を実施する。食品からの感染を予防するためには、中心温度を75℃以上で1分間以上加熱する。
法制度
感染症法で三類感染症に指定されており、確定患者、疑似症患者、無症状病原体保有者、死亡者は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。学校保健安全法施行規則では第三種の感染症に定められており、感染のおそれがないと医師により認められるまで出席停止となる。食中毒が疑われる場合は、食品衛生法により直ちに最寄りの保健所に届け出る。
診断
確定診断には便培養もしくは、便の遺伝子検査が必須である。便培養による菌の分離、ベロ毒素試験、血清型の同定を行う。2024年時点では保険承認されていないが、便の多項目遺伝子検査を利用することもできる。
診断した(疑った)場合の対応
急性の血性下痢で、特に発熱がない場合には、EHEC感染症を疑うきっかけになる。重症化が予想される場合は入院を検討する。
治療(応急対応)
対症療法が原則である。軽症例は約1週間で症状は消退する。HUSを発症した場合は、急性期には約半数が腎代替療法を要するため、重症対応が可能な施設での入院が望ましい。
抗菌薬投与の是非については、一定の見解は得られていない。国内のガイドラインでは「現在でも統一的な見解は得られていない」と記載され4、米国のIDSAガイドラインでは、「ベロ毒素を産生する大腸菌に対して抗菌薬を使用しない」ことを強く推奨している5。
小児を中心に、抗菌薬投与とHUS発症との関連についての報告がある6,7。HUS発症リスクを踏まえると、EHECが疑われる症例においては、使用は慎重にならざるを得ない。止痢薬はHUS発症リスクを高めるため、使用を避ける。
専門施設に送るべき判断
HUSを発症した場合は、高次医療機関への搬送を検討する。
専門施設、相談先
重症例では、各医療圏の集中治療室を有する高次医療機関への相談が望ましい。
役立つサイト、資料
- 腸管出血性大腸菌感染症(O157など)Enterohemorrhagic Escherichia coli infection.東京都感染症情報センター
https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/ehec/. - Tarr, P. I., Gordon, C. A. & Chandler, W. L. Shiga-toxin-producing Escherichia coli and haemolytic uraemic syndrome. Lancet 365, 1073–1086 (2005).
- Scheiring, J., Andreoli, S. P. & Zimmerhackl, L. B. Treatment and outcome of Shiga-toxin-associated hemolytic uremic syndrome (HUS). Pediatr. Nephrol. 23, 1749–1760 (2008).
- 日本感染症学会・日本化学療法学会.JAID/JSC感染症治療ガイド2023.
https://www.kansensho.or.jp/modules/journal/index.php?content_id=11 - Shane, A. L. et al. 2017 Infectious Diseases Society of America Clinical Practice Guidelines for the Diagnosis and Management of Infectious Diarrhea. Clin. Infect. Dis. 65, 1963–1973 (2017).
- Wong, C. S. et al. Risk factors for the hemolytic uremic syndrome in children infected with Escherichia coli O157:H7: a multivariable analysis. Clin. Infect. Dis. 55, 33–41 (2012).
- Freedman, S. B. et al. Shiga toxin-producing Escherichia coli infection, antibiotics, and risk of developing hemolytic uremic syndrome: A meta-analysis. Clin. Infect. Dis. 62, 1251–1258 (2016).
(利益相反自己申告:申告すべきものなし)
慶應義塾大学医学部感染症学 宇野 俊介