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ボツリヌス症(botulism)
本稿ではボツリヌス症の中でもボツリヌス食中毒(食餌性ボツリヌス)、乳児ボツリヌス症、成人腸管定着ボツリヌス症、創傷ボツリヌス症を主に解説する。生物兵器(バイオテロリズム)によるボツリヌス症とボツリヌス毒素については別項を参照のこと。
病原体
Clostridium botulinum(芽胞形成性グラム陽性偏性嫌気性菌)の産生する神経毒性を伴うボツリヌス毒素。Clostridium butyricum、Clostridium baratiiによっても類似症が生じうる。
感染経路
食餌性ボツリヌス症の場合、ボツリヌス毒素により汚染された食品を摂取することにより発症する。乳児ボツリヌス症および成人腸管定着ボツリヌス症の場合は、食餌性にC. botulinum芽胞を摂取することにより成立する。創傷ボツリヌス症は創部がC. botulinumに感染後、局所にて産生される毒素により同様症状が生じる。
食餌性ボツリヌス症の原因食材としては真空パック詰め食品や缶詰、瓶詰め、発酵食品などでの集団発生事例が知られている。
流行地域
ボツリヌス菌芽胞は土壌、湖沼などに広く分布する。特定の流行地域は存在しない。
発生頻度
1984年より2020年の間に約30件ほどの食餌性ボツリヌス症の報告がなされている。乳児ボツリヌス症は1986年より2020年までの間に42例の報告がある。創傷ボツリヌス症は2021年時点で国内での報告はない。
潜伏期間・主要症状・検査所見
食餌性ボツリヌス症の場合原因食品を摂取してから、6時間から10日間、通常18~48時間で発症する。創傷ボツリヌス症の場合4~18日間とやや潜伏期間が長い。
主要症状は眼瞼下垂、複視、嚥下障害、構音障害などの運動性の脳神経障害である。感覚障害や発熱は通常伴わない(創傷ボツリヌス症では発熱を認めることがある)。また意識は清明である。病状は数時間から数日にわたり進行し、全身性下降性に弛緩性対称性麻痺が生じる。咽頭筋麻痺による気道閉塞と呼吸筋麻痺による呼吸機能障害により人工呼吸器管理を要することも多い。初期には嘔吐、下痢等の消化管症状が生じるが、その後は主に便秘が見られることが多い。また自律神経症状として、口内乾燥、無汗症を認めることもある。髄液所見は一般的には正常であることが多いが、髄液タンパクの軽度上昇を認めることもある。反復誘発筋電図ではM波振幅の低下が認められる。
乳児ボツリヌス症は、便秘が初発症状になることが多い(多くは3日以上持続)。
予後
1~3か月程度の長期入院ののち回復することが多い。致死率は5%前後とされる、呼吸筋麻痺が最大の死亡原因となる。
感染対策
ヒトからヒトへの感染は基本的にないため、病院内における特段の感染対策は不要である(標準予防策でよい)。なお食餌性ボツリヌス症を疑った場合、原因食品を早期に回収、注意喚起することで新たな患者発生を阻止することができるため、早期の行政介入が最大の感染対策となる。また同時に、患者の同居者には、患者宅における疑わしい食品残品を喫食しないよう説明および指導をする。
法制度
「ボツリヌス症」は感染症法四類疾患であり、患者、疑似症、無症状病原体保有者、死亡者は、直ちに保健所への届出が必要である。
診断
診断は、血清中および糞便中、被疑食品中からのボツリヌス毒素検出および糞便からのボツリヌス毒素産生菌の分離培養である。特定二種病原体であり一般の医療機関では所持が認められず、検査も困難であるため、保健所を通じて行政検査として実施する。
診断した(疑った)場合の対応
直ちに最寄りの保健所に届出を行う。
治療(応急対応)
疑った場合には、乾燥ボツリヌスウマ抗毒素を投与する。また呼吸筋麻痺の徴候が出現した場合には、人工呼吸器管理を開始する。創傷ボツリヌス症ではデブリドマンとペニシリン系抗菌薬投与も併用する。
専門施設に送るべき判断
疑われた場合、適切な呼吸器管理等が可能な施設への転送が望ましい。
専門施設、相談先
乾燥ボツリヌスウマ抗毒素の入手方法も含めて保健所に必ず相談する。
役立つサイト、資料
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研究費・助成金など:株式会社GramEye,東ソー株式会社)
慶應義塾大学医学部臨床検査医学 上蓑 義典