61肺ペスト(pneumonic plague)
病原体
ペスト菌/Yersinia pestis
感染経路
①肺ペスト患者および感染げっ歯類からの飛沫感染
②腺ペストまたは敗血症性ペストからの移行
流行地域
ペストの自然感染病巣の世界的分布は、図1に示すようにアフリカ、アジア、アメリカ大陸の山岳地帯であり、1990年代以降のほとんどのヒトの感染はアフリカで起こっている。近年の三大流行地はコンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルーである。
発生頻度
WHOの集計によるとペスト(腺ペスト、敗血症性ペストを含む)の患者は、2010年1月から2015年12月までの6年間で、3,248名が報告され、うち584名が死亡している。ただし2017年8月から11月にかけてはマダガスカルでアウトブレイクが発生し、総数2,348名のうち肺ペスト1,791名、腺ペスト389名、死亡者は202名となった。日本国内では1927年以降、ペストの発生はない。
潜伏期間・主要症状・検査所見
潜伏期は2~3日で高熱、血痰を伴う肺炎、強烈な頭痛、嘔吐、呼吸不全、ショックに至る。
予後
発症から24時間以内に重篤となり、適切な抗菌薬が使用されない場合の致死率は90~100%と言われている。
感染対策
肺ペスト患者を診察する際には、標準予防策に飛沫予防策、接触予防策を行う。肺ペスト患者の気道分泌物には菌が多く含まれていることに留意し、医療関連感染が起こらないように留意する。肺ペストが疑われる患者と濃厚接触した場合には、抗菌薬の予防内服(フルオロキノロン系、テトラサイクリン系、スルファメトキサゾール・トリメトプリムなど曝露後6日以内に開始)を行い、1週間は体温を測定し発熱の出現を早期に探知する。ペストに罹患しないよう、流行地では感染した動物(ネズミ、イヌ、ネコ)との接触を避け、ノミに咬まれないように肌の露出を避け、忌避剤を使用する。また患者が発生した地域では、ヒト―ヒト感染する肺ペストの続発が十分考えられるので、できるだけ人混みを避け、医療機関を利用する場合はサージカルマスクを装着する。
法制度
「ペスト」は感染症法で一類感染症(ただちに患者、疑似症、無症状病原体保有者、死亡者を届け出る)、検疫法では隔離・停留処置を必要とする検疫感染症、学校保健安全法では学校感染症(第一種)に規定されている。ペスト菌は感染症法上二種病原体等で、扱うにはBSL-3が要求され、所持する場合には許可が必要である。
診断
血液、喀痰、などからの病原体の分離・同定、蛍光抗体法によるエンベロープ抗原(Fraction1抗原)の検出、PCRによる病原体遺伝子の検査など
診断した(疑った)場合の対応
感染症法に基づいて、患者、疑似症患者および無症状病原体保有者を診断した医師は、直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。感染症死亡者および感染症死亡疑い者の死体を検案した場合も直ちに届け出なければならない。なお、保健所は一類感染症として特定または第一種感染症指定医療機関における入院勧告を行う。
治療(応急対応)
肺ペストでは抗菌薬による早期治療が重要である。テトラサイクリン系(ドキシサイクリン)、アミノグリコシド系(ストレプトマイシン、ゲンタマイシン)、フルオロキノロン系(シプロフロキサシン、レボフロキサシンなど)を発症8~24時間以内に投与する。髄膜炎を合併しているケースでは、クロラムフェニコールを追加投与する。
専門施設に送るべき判断
臨床所見、ペスト流行地への渡航歴、肺ペスト患者との接触歴、げっ歯類との接触、げっ歯類に寄生しているノミによる咬傷の有無などを参考にペストの疑似症を診断する。
専門施設、相談先
最寄りの保健所
役立つサイト、資料
- WHO. Plague key facts, https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/plague
- WHO, Plague around the world 2010-2015, WER, No.8, 2016, 91, 89-104,
- 厚生労働省:ペストについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000179877.html - 東京都:Ⅱ各論編1一類感染症(5)ペスト、東京都感染症マニュアル128-9
- 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト:ペスト
https://id-info.jihs.go.jp/diseases/ha/plague/010/plague.html
(利益相反自己申告:申告すべきものなし)
防衛医科大学校防衛医学研究センター 加來 浩器