日本感染症学会症状からアプローチするインバウンド感染症への対応~東京2020大会にむけて~|感染症クイック・リファレンス

最終更新日:2019年7月23日

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腸チフス・パラチフス(Typhoid & Paratyphoid Fever)

病原体

チフス菌 (Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi)、パラチフスA菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Paratyphi A)

感染経路

ヒトの糞便で汚染された食物や水、保菌者からの経口感染である。胆石を持つ患者では無症候性の胆嚢内保菌者となり、便中に排菌することによって感染源となる可能性がある。

流行地域

衛生水準の低い地域、特に南アジア、東南アジアでの罹患率が高い。

発生頻度

日本では年間20-30例程度報告されており、ほとんどは海外からの輸入例である。しかし渡航歴のない患者や食中毒事例も散見されており、国内における無症状保菌者からの伝播も考慮する必要がある。

潜伏期間・主要症状・検査所見

通常7-14日程度の潜伏期間を経て高熱で発症する。チフス性疾患の三徴である比較的徐脈、バラ疹、脾腫のすべてが出現する頻度は高くなく、消化器症状も目立たないことが多い。すなわち、輸入感染症として代表的なマラリアやデング熱などと初期症状が類似するので、渡航先や潜伏期間を考慮した上でこれらの疾患と常に鑑別を要する。血液検査所見に特異的なものはないが、軽度肝機能異常、LDH値上昇、CRP値上昇、白血球正常範囲、好酸球消失所見などがみられ、CTや超音波検査で脾腫や回盲部の腫脹所見があれば疑わしい。

予後

発症早期に適切な抗菌薬治療を行えば通常は予後良好である。重症例は意識障害や腸穿孔などの合併症がみられることがあるので注意深い経過観察が重要である。

感染対策

標準予防策で対応する。排泄介助やおむつが必要な場合は接触予防策を併用する。

法制度

感染症法による位置づけは3類感染症で、確定患者、疑似症患者、無症状病原体保有者、死亡者も含め、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。病原体を保有しなくなるまで、飲食物の製造、販売、調整または取扱いの際に飲食物に直接接触する業務への就業は制限する。また学校保健安全法では第3種の感染症に定められており、学校医またはその他の医師により、感染のおそれがないと認められるまでは出席停止とする。食中毒が疑われた場合は食品衛生法に基づき、24時間以内に最寄りの保健所に届け出る。

診断

開発途上国から帰国した後に、感染臓器が不明確である高熱が出現した患者を診た場合には、マラリアやデング熱などと同様に疑うべきである。確定診断は細菌学的検査による患者検体(血液、糞便、尿、胆汁、骨髄など)からの病原体の分離である。但し培養検査による病原体検出率は高くはなく、血液からの分離頻度は病期が進むにつれて低くなることから、複数検体で繰り返して行うことが望ましい。

診断した(疑った)場合の対応

正確な診断、適切な抗菌薬治療が必要とされることから、輸入感染症診療経験のある感染症専門医のもとでの管理が望ましい。また、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。

治療(応急対応)

ニューキノロン系抗菌薬が第一選択薬として認識されているが、アジア地域ではニューキノロン低感受性菌が高頻度で分離されており、該当地域での感染が疑われる場合には、第三世代セファロスポリン系抗菌薬(点滴)やアジスロマイシン(内服)を選択する。適切な抗菌薬を使用していても解熱まで数日を要することや、治療終了後も再発や排菌の可能性があることを認識する必要がある。

役立つサイト、資料

1)CDC; Travelers’ Health. Typhoid & Paratyphoid Fever.
https://wwwnc.cdc.gov/travel/yellowbook/2018/infectious-diseases-related-to-travel/typhoid-paratyphoid-fever

2)国立感染症研究所ホームページ;腸チフス・パラチフスとは.
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/440-typhi-intro.html

(利益相反自己申告:申告すべきものなし)

グローバルヘルスケアクリニック 水野泰孝

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