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野兎病(Tularemia)
病原体
Franscisella tularensis、好気性、細胞内寄生性、グラム陰性球桿菌、4つの亜種、人に感染するのは北米のみでみられ、強毒のF. tularensis subspecies tularensis(type A)と北半球に広く分布する比較的病原性が低いsubspecies holarctica(type B)。エリスロマイシン感受性や分離地などから生物型(biovar)1、2、japonicaに分類され、日本分離株は biovar japonica。
感染経路
本病原体は100種以上の野生および飼養の脊椎動物、100種以上の無脊椎動物に感染しており、最も重要なものはウサギ、ノウサギやげっ歯類の動物であり、感染動物を吸血した昆虫(ダニやアブ、ノミ、シラミ、蚊)刺咬、飼いネコやイヌを含む感染動物の咬傷や感染動物やその組織との直接接触、あるいはそれらからのエアロゾルや塵埃の吸入、汚染された水や食肉の摂取によって感染。Francisellaは実験室での分離は難しいが、自然界では環境に強く、動物の死骸や、泥、水中で数週間は生存する。
流行地域
主に北半球に分布し、北米大陸、ユーラシア大陸、アジア、中東での発生がある。オーストラリア、英国、南米では稀で、アフリカでも非常に稀とされていたが、近年アフリカにも存在することが報告される。戦後から1960年代までは日本でも東北・関東地方に見られた。
発生頻度
米国では年間200例ほどで中南部の州に多いが、近年気候変動の影響により太平洋岸北西部とマサチューセッツ州の一部からの報告もある。
潜伏期間・主要症状・検査所見
潜伏期は通常3~5日、1日から3週間までの幅がある。初期の非特異的な症状は悪寒、発熱、食欲不振、全身倦怠、頭痛、腹痛、下痢など多彩で、その後は菌の侵入門戸によって大きく分けて6つの病型(潰瘍リンパ節型:Ulceroglandular、リンパ節型:Glandular、眼リンパ節型:Oculoglandular、咽頭(中咽頭)型:Pharyngeal (oropharyngeal)、肺炎型:Pneumonic、チフス型:Typhoidal)の症状がでてくる。もっとも多いのは潰瘍リンパ節型で小児ではリンパ節型が多い。病原体侵入部位に有痛性の斑丘疹をみとめ、これはその後径0.4~3.0cmで辺縁が盛り上がる潰瘍となる。粘膜病変としては結膜と咽頭が多いが、多くの症例ではリンパ節病変がみられる。腫脹したリンパ節は0.5~10cmで圧痛があり、その後波動を触れるようになり自壊排膿することもある。肺炎型はエアロゾルの一次性の吸入、あるいは一次的病変からの血行性散布により、最も致死率が高い(最大で50%)。チフス型は基本的に皮膚粘膜、リンパ節病変を欠き、臨床的には発熱、肝脾腫で比較的徐脈を伴う。この病型では消化器症状や呼吸器症状を伴うことが多い。チフス型および肺炎を伴う症例では致死率はもっとも高い。野兎病菌は病原性が高く、10~50菌体が皮内や吸入するだけで臨床症状を来す。検査所見は非特異的で白血球数は不定、血小板減少、低Na血症、肝逸脱酵素上昇、横紋筋融解やミオグロビン尿、膿尿がみられることもある。
予後
抗菌薬が出現する以前の致死率は5~15%、肺炎を伴う重症例では30~60%であったが、抗菌薬治療、特にストレプトマイシンが使用されるようになってからは全体で5%以下である。
感染対策
ヒトからヒトへの感染の報告はなく、標準予防策でよい。ただし、細菌検査室、剖検の際には曝露を最小限にする必要があり、疑われる検体の処理はBSL-2で行い、疑われる分離株はBSL-3で扱う。自動検査機はエアロゾルを生成するので使用しない。
法制度
「野兎病」は感染症法に基づく四類感染症の対象疾患で、確定患者、無症状病原体保有者、死亡例、また疑われる死亡例については、直ちに管轄保健所に報告。F. tularensisは感染症法上二種病原体で、扱うにはBSL-3が要求され、所持する場合には許可が必要である。
診断
病変部位、リンパ節、咽頭拭い液などからの病原体の分離培養あるいはPCRによる遺伝子の検出を行う。血清診断は4倍以上の抗体価の上昇をもってなされる。抗体価の測定は操作が簡便な凝集反応(試験管法または微量凝集反応法)が一般的である。
診断した(疑った)場合の対応
疑った場合には、直ちに管轄保健所に報告、地方衛生研究所を通して、国立感染症研究所等にて確定診断を行う。分離培養には特殊な培地が必要であること、実験室感染のリスクのために、BSL-3施設でのみ行う。
治療(応急対応)
アミノグリコシド系(ストレプトマイシン筋注、ゲンタマイシン静注、筋注)が第一選択で、通常7~10日間、重要例あるいは症状の持続により延長する(14日間)。中等症や軽症例では経口のフルオロキノロン系(シプロフロキサシン)、ドキシサイクリンが使用される。小児では中等症、軽症でゲンタマイシン10日間が推奨されるが症状により5~7日に短縮可能である。軽症では経口シプロフロキサシン10~14日も用いられる。ドキシサイクリンは再発率が高く推奨されない。
専門施設に送るべき判断
診断に難渋するリンパ節炎を伴う潰瘍を伴う皮膚病変(特に侵入部位がある場合)や、重症の咽頭炎、持続性の発熱、接触歴などから(特にアウトブレイクが)疑われる場合。
専門施設、相談先
地域の感染症指定医療機関、国立感染症研究所
役立つサイト、資料
- 国立感染症研究所.病原体診断マニュアル 野兎病.https://id-info.jihs.go.jp/relevant/manual/010/manual.html#class4
- UpToDate. Tularemia
https://www.uptodate.com/contents/tularemia-clinical-manifestations-diagnosis-treatment-and-prevention - WHO Guidelines on Tularaemia. WHO/CDS/EPR/2007. 7. https://iris.who.int/handle/10665/43793
- DT Dennis, et al. Tularemia as a Biological Weapon Medical and Public Health Management. JAMA. 2001; 285. 2763-2773.
(利益相反自己申告:申告すべきものなし)
国立病院機構三重病院臨床研究部 谷口 清州